2012年1月4日星期三

ありんこ 両親や子どもたちに

夜明けの光が寝不足の眼に眩しかったが、 柳子の気持ちは、 得体の知れないものに向かってゆく気概が生まれて
いて、 井戸の冷水を顔にぱっぱっと振り掛けただけで、 心身ともにしゃんと立ち上がっていた。
気性の激しさが、 逆境に立つといっそうそれを増幅させるのだろう、 躰全体に緊張感が漲って、 表情を厳しくさ
せていた。
吉賀谷という怪物的な將を射るために、 ほとんど卑怯なと柳子自身が自覚している方法で、 雨宮の心を取り込ん
で、 しゃあしゃあとしておられるのは、 合理精神に徹している大阪人間の小森一家との長い付き合いのなかで覚
えた処世術だった。
柳ちゃんて、 ちゃっかりしてるなあ
付き合いが親密になるまえに、 互いがどんな相手かなあ、 と探り合っていた頃、 小森秋子が、 柳子の言動に感心
して洩らしたことばだったが、 そう言った秋子自身がちゃっかりしていたから、 vp=rx ちゃっかりしていると言うのは
、 軽蔑や非難を表現することばではなく、 褒めことばの一種なんだなあ、 と柳子は受け取っていた。
だからサンパウロ市に出てきたとたんに起こった安西のアクシデントに心を乱しながらも、 その軌道修正をする
ために、 さっそく吉賀谷に肉体を与え、 積極的な救済を約束させる一方、 吉賀谷の動向を探索させ、 報告させる
ためには、 雨宮を抱いて狂わせ、 味方に引き込むという少々きわどい手段を取っても、 それは戦法として恕され
ることだ、 と合理的に考えることができた。
本音は本音として、 建前としての立派な理由が、 すでに柳子の気持ちのなかにできあがっていた。
それらは生き馬の眼を抜くという大阪人間の厳しさを上回る、 wenickman 評価 甘えを許さない移民社会の冷酷さを、 徹底的に経
験してきたもののみが知る人生訓だった。
人間関係は、 意識的に作ろうとしてできるものではない。こうして桜組挺身隊という団体が出来上がったのも、
吉賀谷の働き掛けが功を奏して、 偶然に人が集まってきたのではなく、 必然的に時代の流れのなかに生まれた集
団なのだ。
人間関係は、 多種多様な人の漠然とした繋がりではなく、 肉体を形づくっている細胞と同じで、 一個所が綻びて
も用を成さない網の眼のようなもので、 そのしがらみは、 一個人の意志では崩せないものなのだから、 yahoo 妻之友 ここに入
ってきた以上は、 この共同生活を否応なく受け入れ、 みんなと同じ行動を取るなかで、 方向を見極めなければな
らないのだから、 みずからを欺くことから初めて、 人を欺く戦法を取らなければならないのだ。
これは人に向かっても言うことだし、 自分自身にも言い聞かせることだったから、 柳子は、 ありんこ 両親や子どもたちに
向かって、
さあ、 今日から広場に出て、 みんなといっしょに朝礼に入って、 体操して、 訓練を受けないといけないのよ
と早朝から発破を掛けたから、 龍一とチヨが顔を見合わせたけれど、 柳子の元気になった様子を視て喜び、
ほらほら、 うちの指揮官の命令だよ、 龍次も浩二も早くせんといかんぞ
と龍一とチヨが、 声を揃えて子どもたちを促した。
むかしは朝寝坊だった柳子も、 農業生活の日常性に慣れて、 いまはもう早朝の青い静寂の清涼さを、 躰が覚え込
んでいたから、 外気に当たって、 脳裏を洗い、 骨身をひきしめるときばかりは、 すべての有耶無耶を忘れ、 新た
な日々を再生できた。

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