精神的には負けたと思っていないけれど、 肉体的に負けたことは認めなければならない
だろう。いくら自分自身が鞭打っても、 とうとう起き上がれなくなったのだから。
見てみなはれ、 わてが言うた通りだっしゃろ、 青白い文学青年なんか、 なんの役にも立てしまへんで、 と小森タツさんが、 秋子さんに嗤いながら言うているのが、 ぼくには聴こえてきます」
ええっ、 と柳子はびっくりする。わたしは鷹彦さんに、 タツおばさんが秋子さんに言ったことなど告げ口しなかったのに、 誰の口から耳に届いたのだろうか、 い くら熊野が放送局だといっても、 恋敵だと思っている当の相手に直かには言いにくいことだから、 どこかからか、 回りまわって鷹彦さんの耳に届いたのに違いな い。柳子は手紙から視線をそらして、 宙に浮かべる。可哀相にそんなことまで気にしながら死んだなんて。でも、 大阪弁を口移しのように書いているのだから、 案外おもしろがっていたのかもしれない、 と柳子は思って安堵する。
「ぼくも、 ベッドの上で死ぬことには口惜しい思いをしている。冗談にもコーヒーの実を?ぐためにブラジルに来たんだと言ったてまえ、 畑のなかでエンシャーダを振り下ろし、 ペニス増大 土にその刃を食い込ませたまま血を吐いて絶命したかった。
小森氏のように、 コーヒーの実を頭から被りながら死にたかった。叔父に薬代の借財を残して死ぬのは心残りだったから、 ぼくの死は一日でも早いほうがよかったのだ」
鷹彦さんは、 気の小さい人だったんだなあ、 と思わないわけにはいかなかった。わたしとのプラトニック・ラブを完璧にして死ねたと悦んでいながら、 インポテンツ いろいろ 心を残していることがあって、 これでは、 あの世に行くために、 三途の川を心置きなく渡れないのではないだろうか、 川の真中でいつまでも中途半端な気持ちの まま、 立ち往生し、 霊界をさ迷うのではないのだろうか。そんなことなら、 死なずにおればよかったのに、 と柳子は思ってしまう。
たとえ鷹彦さんが冗談のように、 小森のおじさんやおばさんのことに触れていても、 相手の心情などに頓着しないタツおばさんは、 ほれ見たことか、 と嗤うだろ う。それを思うと柳子は、 自分のことのように口惜しかった。どうしていまなの、 いま死ななければならなかったの。もう少し頑張れば、 ここから出ていけて、 勃起不全 ばらばらになってしまうのだから、 タツおばさんから嗤われなくなるのに、 と見栄っ張りの鷹彦を詰りたい気持ちになる。
そんな柳子の歯ぎしりしたい思いなど知らない鷹彦は、 それこそ現在の生活にはなんの役にも立たないような、 遠い日本の政府や軍部に対する拘りを書きつづけている。
彼に言わすと、 世界じゅうの動静は、 すべて個人生活に影響してくるらしいから、 無視できないことなのだろうけれど。
「ゼツリオが日本語学校を閉鎖させるような暴挙に出たことは、 日本文化の破壊を企てたのだと考えざるを得ないほどのショックを、 ぼくに与えた。なぜなら、 ブラジルは人種の坩堝だといわれるほど各国からきた移民で構成されている国なのだから。外国語というのなら、 インジオ語を除いたすべての言語が外国語なん だ。インジオが先住人なのだから。ポルトガル語を国語にしているとはいっても、 各々のコロニアではポルトガル語と併行して、 母国語の教育もすることによっ て、 母国の文化を継承するという高度な教育方針を建てているのだから、 ブラジル政府の考え方は浅すぎるのだ。世界各国の文化を掌の上にしていることは、 取 りも直さず混成民族社会の大きな利益であり、 将来のためには大きな貢献をしていることになるのだから、 慶ばなければならないはずなんだ。人殺しを職業とす る軍人というのは、 どこの国でも野蛮なだけで、 文化レベルは低俗だから、 ゼツリオも、 混合文化のすばらしさがわからず、 それに歯止めをかけるような愚挙に 出たのだろう。
新国家体制による中央集権制は、 勃起障害 近代化を推進するためには適切な処置には違いないけれど、 それとともに国粋主義政策をも徹底させることになり、 外国移民にとっては、 うれしくない元首なのだ。
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