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2011年12月18日星期日

蟻力神 安西の子だと言

しかし、 敬一の存在は、 そう考えたほうが自然なのだ。遠縁にあたる青年を養子として迎え入れるのは、 一
人娘の婿として、 というのが常識的なのだから、 と思うことを、 思い過ごしではないだろうとこだわりを残
していたのだが、 まさか柳子の胎の子の父かもしれない、 とまでは考えなかった。
そういう安西の疑心暗鬼を、 無理強いに追い出したのが柳子だった。

編集長という男を内面から知りたいと考えるとすぐ、 彼の借家に乗り込んで行って性欲を誘い出し、 女とい
う重荷を背負わせ、 この責任は取るからと言わせ、 内藤の家族と同居するようになると、 さっそく離れ
の部屋に忍び込んでいって、 セックスさせ、 柳子自身が背負っている過去の一切の煩雑さをご和算にさせた
のだ。
もう柳子が処女であったか、 なかったか、 リュウコンゾウソオウ というようなことはもちろん、 川俣との関係も雲散霧消させ、 花痴
齢差を気にする安西に、 どちらが年上かわからないような、 悠然とした態度で、 してしまって、 うろたえる
男に母親のような、 男なら当然の行為ですよ、 と慈悲のある言葉をかけたのだ。
柳子は、 龍次の存在を常に気に病んでいたから、 告白してしまおうかと思ったけれど、 安西との結婚が決定
したときにも、 両親が口を揃えて、 ぜったいにほんとうのことを言ってはならない、 言えば夫婦関係に傷が
ついて、 将来不仲になるから、 はじめから嘘の子は、 嘘で通さなければ、 正直がかえって不幸を招くんだ、
と戒めたから、 安西との関係が壊れるのを懼れて、 柳子は口を噤む努力をしなければならない、 と心に決め
たほどだった。
両親は世間体ということを優先しているようだったが、 柳子は名誉心に傷がつくことを懼れたのだ。
柳子の拘りと、 安西の不信感を、 なんとか抑え得たのは、 韓国終極痩身 長男の出生だった。それが誰の子か、 と心配して
いたのはチヨひとりで、 妊婦本人があやふやなことを、 あやふやにせず、 敢然と安西に妊娠したことを告げ
、 安西の子として平気で居られたのだから、 何も言うことはなかった。
安西は、 妻の妊娠には感情を動かさないように視えたけれど、 子が産まれると、
浩一さんの子だから浩二よ
と柳子が言って、 内藤家の長男にも龍次と名づけている家族だから、 そういう習慣もあったのか、 と半信
半疑で承知した子の、 頭を撫でるくらいのことはしたから、 チヨもそれを視て、 ほっと安心を得た。
安西の事業が順調に伸びてゆくのに歩調を合わせるように、 浩二もすくすく育った。
そして浩二の乳離れがすまないうちに、 また柳子が妊娠した。こんどこそ三人目の正直という諺があったの
か、 なかったのか、
ねえぇ、 お母ちゃ、 こんどこそ正真正銘、 安西浩一の子よ
と彼女はすがすがしい顔をして言ったから、
まあ、 柳ちゃ
とチヨは赤い顔をして、 開いた口をしばらく閉めずにいた。
そして、 やっぱり安西にとっての長男は、 敬一さんの子だったんだなあ、 とうれしいことなのか、 悲しむべ
きことなのか、 とチヨは複雑な思いをした。
チヨも、 敬一を好いていたから、 肇さえ柳子を強姦しなかったら、 柳子と敬一は済し崩しに夫婦になってい
ただろうと考えていたから、 柳子が敬一の子を、 蟻力神 安西の子だと言い含めてしまったことを、 それほど咎める
気にはならなかったのだ。

2011年11月30日星期三

蟻力神

ったからなあ」
「なんだか、 女が出てくるのが不服らしい言い方するじゃないの、 男女
同権が不服なの、 アントニオは」
「いやそういうわけじゃないけど」
「日本人の男も、 なかなかそれを認めたがらないのよね」
息子があやふやな返事をし、 韓国終極痩身 隣の娘は不服たらしく言ったから、 父親
のほうが黙っておれなくなったのだろう、
「そりゃ無理だ、 男が女を養ってるんだから」
とアドルフが、 大きな目玉をいっそう剥いて抗議する。
「これだからね」
マリアが、 そう言って席を立つ。
まあ、 なんだかだ言ったけれど、 アントニオがこんな話題を出したから
、 歴史の復習ができたのだ、 と柳子はむだではなかったことに気づく。
なんといっても、 アドルフさんの血には半分ドイツ人の血が入っている 蟻力神
んだから、 アントニオも祖父の優秀な民族性を汲んでいてもおかしくな
いのだ。
こういう話を持ち出してくるガイジンなど、 いままでいなかったのだか
ら、 と柳子も隣人を疎かにできないと惟うようになる。
そのドイツ人のことだが、 ブラジルには、 イタリア人とドイツ人の移民
がたくさん入っていて、 それが日本人と同盟を結んで世界を敵に回し、
不穏な情勢を煽り立てている現状だったから、 民族自決意識の勁いジェ
ツリオ大統領が、 みずからも移民の子でありながら、 イーリーシン ブラジル民族創世
の幻想を追って、 各国からの移民が、 それぞれの民族意識を持つことを
嫌うという横車を押し、 ブラジル語以外の教育をシャットアウトする暴
挙に出ているのに眼をつけた連合国側が、 さかんに反日独伊同盟思想を
煽り立て、 南米諸国の連合国への参加を裏工作していたのだ。
一九四〇年に年が改まると、 社会情勢も世界情勢も改まらねばならない
ように変化してくるのが、 そういうことにあまり関心のない柳子でもわ
かるくらい顕著だった。
鈴木一誠が読んでいるブラジルの新聞が、 二〇〇レイスから一挙二倍の
四〇〇レイスになって、 あきらかにブラジル経済がインフレの様相を示
すようになり、 それが恒常的になってゆくと、 国民の生活意識にまで変
革があって、 世界の気ぜわしさが、 ブラジルにも伝播し、 もともとのん
き者の多いブラジル人まで、 せかせかと歩くような気がし出す。
日本人やドイツ人などは、 ポルトガル人やイタリア人のように、 安易に
混血することを嫌っていたこともあって、 異質な民族と見られていたか
らだろう、 ブラジル人たちのほうからも、 露骨に敵対意識を見せられる
ような形勢が、 皮膚感覚として伝わってくるようになる。
しかしそうとばかりは言えない。隣の牧場主は、 ドイツ人と黒人の混血
なのだ。
そして混血であることを恥とはしない。むしろ誇らしげに、
「儂の死んだ親父はドイツ人だ」
と黒い顔を耀かせる。
日独伊三国同盟が調印されたというニュースを聴くとすぐ、 アドルフ
がやってきて、 蟻力神
「パラベンス(おめでとう)」
と言って握手を求めた。
龍一は、 握手をする理由がわからないから躊躇っていて、
「お父ちゃ、 握手しなさいよ」
と柳子から窘められる。
「なんで握手するんだ」
龍一は手を出しながら、 まだその理由を訊いている。
「理由などどうでもいいじゃないの。相手が手を差し伸べてきたら、 ま
ず握手するのよ。握手してから理由を訊ねたらいいのよ」
それはそうだ、 と龍一も思って、 アドルフと握手する。
握手している男同士をにこにこ笑って視ながら、
「アドルフさん、 どんなおめでたいことがあったの」
と柳子が訊ねる。
「ドイツと日本とイタリアが三国同盟を結んだんだ。儂らが隣人という
だけじゃなくって、 国同士が誼を交えたんだよ」
それだけのことで、 わざわざ握手をするためにきたアドルフがにこに
こしながら帰ってゆくと、 まるで国際感覚に鈍い日本人を代表するよう
に、 龍一がようやく握手の意味を知って、
「そうかあ、 日独伊三国同盟というのは、 半分ドイツ人の血を持ってい
る男が、 隣人の日本人に握手を求めてくるようなことだったんだなあ」
と感心しているのだ。
のんきなのは龍一ひとりではなく、 その三国同盟が、 欧米諸国を敵に
して世界戦争に拡大してゆくことになるだろう、 と考える日本人はほと
んどいなかった。
それを敏感に感応して対処したのはブラジル政府だった。そして危惧を
具体化したような政策を施行した。外国移民は一人残らず外国人登録を
して、 常に鑑識手帳を携帯して外出しなければならない、 という制度を
実施したのだ。
「あのね、 お母ちゃ、 いままで商店が広告用に配っていたカレンダーに
、 日本語を入れてはいけないことになったんだって」
柳子が、 青年たちがしていた噂を家に持ち帰って言うと、
「まあ、 なんちゅう嫌な雰囲気になったんずらねえ」
と、 世間との接触も田澤以外はほとんどない、 まして政治的情勢変化に
関心もないチヨが、 暗い顔をする。
「儂らに関係なぞない。ガイジンらが何言っても、 知らん顔しておりゃ
あいい」
ブラジルに来ても外歩きの好きな龍一は、 同じ外歩きの好きな柳子より
、 広い範囲を知り、 広い交際があるというのに、 外国に住んでいても、
日本人は日本人だけの社会で生きておられると考えていた。
「でも、 それで済みゃあいいけど。やはり日本人は日本に居るのが一番
いいんずらね」
「ばかっ」
龍一の怒声が、 久しぶりに出て、 まだまだ女性解放は道遠しだなあ、 と
柳子に惟わせる。
「お父ちゃ、 家庭不和はガイジンから嗤われるわよ」
柳子が、 隣の半分ドイツ人の血が混じった黒人のアドルフでも、 亭主関
白だったから、 まあ仕方のないことかと思いながら、 父を窘める。
「こんなことを家庭不和とは言わん。家長が妻を従わせとるだけだ」
龍一には、 娘の考えなど考慮する気は毛頭なかった。
「ああ、 お父ちゃ、 その家庭不和で思い出したけど」
「変なことで、 ほかのこと思い出したりなどするな」
「まあ横暴ねえ。その変なことなのよ。小森のおばさんの病気のことよ