そんな柳子が、 大きな生活環境の変化に押し流されてブラジルに来て、 あれよあれよと思う間に、 元の農民の子に引き戻され、 鍬を握る生活を強いられ、 不平不 満を口にしながらも日を重ねるうちに、 手の平にできた肉刺が潰れ、 またできた肉刺が潰れして、 とうとう百姓女の手になってしまった、 勃起促進剤 と悲しんだのだけれ ど、 流した汗の量以上に、 苦痛も流れて行くと、 珠玉にも見紛うコーヒーの実を、 この手で?いだのだ、 という感慨が精神を浄化させたのだろうか、 大地に対す る執着が、 いつのまにかできていて、 農村の生活も捨て難いものに思えるようになっていた。
横暴とも思えた父のブラジル行きに徹底抗戦して、 もしもあのまま東京の良三叔父の家に踏みとどまり、 希望通り女子大学の文学部に入って、 さらに望み通り新 聞記者への道を歩んでいたとすれば、 わたしは未来永劫、 興奮剤 ブラジルという国を知らずに畢っただろうし、 鍬を執って草を削ることもせず、 コーヒーの実を?ぐこ ともしないだろうから、 大自然の懐の深さとか、 ブラジルの風景の広大さとか、 自然の不思議ともいえる営みとか、 そういうものを感受することもなかったのだ と思うと、 どうにも抵抗し難い運命というものに流されながら、 無理せずに、 手の届く範囲の環境のなかで、 精いっぱい生きたらいいのではないのか、 と柳子は 思いはじめていた。
足が腫れて歩けなくなったり、 手の皮がめくれて血が噴き出したりしたときの、 悲壮感が消滅して、 自然に同化できる心境になっていたのだ。
それは、 限られた範囲の生活環境のなかだけだけれど、 自然を観察し、 人間を観察して得たものだったが、 十七歳から十八歳というもっとも感受性の高まる時期でもあったし、 いろんな点で、 おとなと子どもの境でもあったから、 柳子をさらに大きく成長させたといえるだろう。
自然の力は、 いくら抵抗しても、 遂には人を諦めさせるほど強大なものなのがわかって、 それを口惜しいと思わずに、 抱かれてゆく従順さを育んだ。
そして、 それがわかると、 父もまた抗し難いなにものかに押し流されて、 彼自身の意思ではなくブラジルに来ることになったのだろう、 とやさしい気持ちになれた。
放蕩の末に信州に居られなくなり、 みずから志願して、 養蚕指導員という肩書きを持ってブラジルに来ることになったのだけれど、 秋子さんの言う「運命」のせ いだとすれば、 父のわがまま勝手な行動を責めても仕様がないのだ、 ペニス増大 と理解できるようになったのが、 柳子にはふしぎに思えた。
父の過去を恕すというのではなく、 人間の男女関係もまた自然のなかで営まれるものなのだ、 ということが、 いろいろな人種が共同生活をしているなかで知り得たものだった。
そんなことを考えると、 秋子さんを諦めさせてきた「運命」というものを、 信じないわけには行かないかなあ、 と柳子も思う。
それはある種の恐怖に通ずる感慨だったが、 柳子を屈服させるものではなかった。認識させるというやさしい押しつけだったのだ。
それにつれて、 柳子は、 人間の生き方には幾通りもの道が用意されていて、 どの道を選ぶかはみずからの意思で決められそうに思えるのだけれど、 そうではな く、 外部からの影響によって歩む道を限定されるような気がする。だから父も、 彼のわがままだけでブラジルに来たのではなく、 そうしなければならなくなった なんらかの運命的なものに押し出される恰好で、 こうなったのではないかと思えるから、 一概に父を責めるのは可哀相にも思ったのだ。
恰好はどうであれ、 いちおう海外へ出向するという誉れを掲げて、 万歳万歳の歓呼の声に送られ、 「島々」の駅を出発し、 軍楽隊の勇ましいメロディーで神戸の 港を出港してきたのだから、 すでにケープタウンを回ったところで、 派遣取り消しの電報が入ったからといって「男子がおめおめと帰れるものか」と父が急遽身 インポテンツ の振り方を変更したのも、 彼の意志のようであって、 実はそうではなく、 そういう運命にあったのだ、 とも思えるところがあった。
母もただ呆然とするばかりで、 抗し難い運命の波に押し流されるのは仕方のないことだ、 と諦めているふうだった。
しかし、 運命というものが、 そういうものなのだと思っても、 そう思ってしまうと、 なんだか人生ってすごくつまらないようにも思えるから、 なにもかも運命のせいにしたくはなかった。
2011年11月27日星期日
2011年11月25日星期五
強壮剤 見張り番の実態を見極
、 憂鬱そうに、 一瞬笑顔を消してしまったのは、 「夜逃げ」という言葉
の重さを感じたからだろうか。
それにしても、 おじさんと秋子さんの夜逃げの話を、 皆が知っていると
いうほうがおかしい。
「お父ちゃ、 誰が夜逃げするっていうのかしら、 わたしたちの小屋の裏
で、 夜通し見張ってるなんて気分悪いわねえ」
柳子は、 正面から突っかかって行くのを止めて、 搦め手から訊いてみる
。
「別に儂らだけを見張ってるわけじゃないさ、 夜番はあちらこちらにい
るんだから」
「あら、 そうだったのぉ、 あっちこっちで見張ってたの。わたし、 知ら
なかった。いつからなの」
「ずっとさ」
「ずっとって」
「ずっとむかしの、 奴隷時代からだろう」
「なんだあ、 そうかあ、 そういうことだったのか」
柳子の愁眉はとたんに啓く。秋子さんは、 精力剤 二人だけの秘密をばらしたり 滋養
はしなかったのだ。わたしもいっしょに夜逃げしようと相談したことを
、 おじさんも父に報せてはいなかったのだ。父は一般論として言ったま
でだったのだ、 と。
奴隷制時代は、 奴隷の逃亡は財産の損失だから見張っていたのだろうが
、 いまも見張りつづけているのは、 奴隷制の風習の名残からだけではな
かった。
外国からの移民の導入にも、 輸送費や施設費や移殖民協会に納付する分
担金やら、 コーヒー収穫までに、 莫大に消費する生活費を掛売りしてあ
るのだから、 コーヒー収穫までに逃げられると、 農場側の損失は大きい
のだ。
各農場主が納付している移住事業の分担金は、 大半が移住者の福祉のた
めというのが名目だったが、 それはあくまで建前であって、 納付金のほ
とんどは官吏や協会幹部に着服されて、 移住者は建前だけの善意に浴す
るどころか、 損失分を負担させられて、 安い賃金に抑えられ、 食料や生
活必需品に暴利を掛けられてきたのだった。
内国移民のガイジンの逃亡もあったが、 日本人移民は、 ほとんどが出稼
ぎ者だったから、 少しでも条件のいいところを求めて移動するし、 引き
抜きもあって、 案外に夜逃げが頻繁に、 かつ巧妙に行われていた。
そういう事情だけではないだろうが、 どこの農場でも、 カッパンガと呼
ぶ用心棒を雇っていた。彼らカッパンガはならず者だから、 事件の起こ
らないうちは、 火酒を飲み、 博打をし、 女を手込めにしたりして、 プロ
ブレマも起こすのだが、 見張り番として雇わないわけにもいかず、 まさ
しく必要悪というところで、 柳子が、 暗闇に蹲っている獣の気配を直感
的に感じたのも、 あながち間違いではなかった。
しかし、 柳子の好奇心は、 それを上回っていて、 強壮剤 見張り番の実態を見極
めてやろうと思い立つ。
今夜はのんきに夜空を仰いで星の流れを追ったりしないで、 地上で蠢く
見張り番を見詰ていなければならないからと、 柳子はこっそり板囲いの 漢方薬
簡易便所に入り込み、 これを造っ
たとき、 外から覗かれるのを嫌って、 新聞紙で塞いだ節穴を探して、 指
を入れ、 穴を開け直す。
そこに眼を当て、 眼を凝らして、 闇を探ると、 ああ、 あそこに居る。ぽ
っと赤い光が膨張したから、 すぐに見張り番の居場所は分かった。はじ
めてそれに気づいたときには、 獣の眼だろうか、 などとみずから恐怖心
の起こるようなことを思ったが、 それがヒトであり、 見張り番だとわか
ったいまは、 その膨張したり収縮したりするものは、 見張り番が喫って
いる煙草の火だ、 とすぐに判断できるのだからおかしなものだった。
そればかりではなかった。その赤い火がぼうっと膨張したときに浮かび
上がる黒い人影の輪郭も見えるし、 彼が抱えているものが銃だとわかる
のだから、 人間の意識というか、 感覚というか、 視覚能力というものも
、 ふしぎなものだと思う。
そんなことをのんきに考えていたが、 考え直してみると、 そこに今夜
の重さを感じたからだろうか。
それにしても、 おじさんと秋子さんの夜逃げの話を、 皆が知っていると
いうほうがおかしい。
「お父ちゃ、 誰が夜逃げするっていうのかしら、 わたしたちの小屋の裏
で、 夜通し見張ってるなんて気分悪いわねえ」
柳子は、 正面から突っかかって行くのを止めて、 搦め手から訊いてみる
。
「別に儂らだけを見張ってるわけじゃないさ、 夜番はあちらこちらにい
るんだから」
「あら、 そうだったのぉ、 あっちこっちで見張ってたの。わたし、 知ら
なかった。いつからなの」
「ずっとさ」
「ずっとって」
「ずっとむかしの、 奴隷時代からだろう」
「なんだあ、 そうかあ、 そういうことだったのか」
柳子の愁眉はとたんに啓く。秋子さんは、 精力剤 二人だけの秘密をばらしたり 滋養
はしなかったのだ。わたしもいっしょに夜逃げしようと相談したことを
、 おじさんも父に報せてはいなかったのだ。父は一般論として言ったま
でだったのだ、 と。
奴隷制時代は、 奴隷の逃亡は財産の損失だから見張っていたのだろうが
、 いまも見張りつづけているのは、 奴隷制の風習の名残からだけではな
かった。
外国からの移民の導入にも、 輸送費や施設費や移殖民協会に納付する分
担金やら、 コーヒー収穫までに、 莫大に消費する生活費を掛売りしてあ
るのだから、 コーヒー収穫までに逃げられると、 農場側の損失は大きい
のだ。
各農場主が納付している移住事業の分担金は、 大半が移住者の福祉のた
めというのが名目だったが、 それはあくまで建前であって、 納付金のほ
とんどは官吏や協会幹部に着服されて、 移住者は建前だけの善意に浴す
るどころか、 損失分を負担させられて、 安い賃金に抑えられ、 食料や生
活必需品に暴利を掛けられてきたのだった。
内国移民のガイジンの逃亡もあったが、 日本人移民は、 ほとんどが出稼
ぎ者だったから、 少しでも条件のいいところを求めて移動するし、 引き
抜きもあって、 案外に夜逃げが頻繁に、 かつ巧妙に行われていた。
そういう事情だけではないだろうが、 どこの農場でも、 カッパンガと呼
ぶ用心棒を雇っていた。彼らカッパンガはならず者だから、 事件の起こ
らないうちは、 火酒を飲み、 博打をし、 女を手込めにしたりして、 プロ
ブレマも起こすのだが、 見張り番として雇わないわけにもいかず、 まさ
しく必要悪というところで、 柳子が、 暗闇に蹲っている獣の気配を直感
的に感じたのも、 あながち間違いではなかった。
しかし、 柳子の好奇心は、 それを上回っていて、 強壮剤 見張り番の実態を見極
めてやろうと思い立つ。
今夜はのんきに夜空を仰いで星の流れを追ったりしないで、 地上で蠢く
見張り番を見詰ていなければならないからと、 柳子はこっそり板囲いの 漢方薬
簡易便所に入り込み、 これを造っ
たとき、 外から覗かれるのを嫌って、 新聞紙で塞いだ節穴を探して、 指
を入れ、 穴を開け直す。
そこに眼を当て、 眼を凝らして、 闇を探ると、 ああ、 あそこに居る。ぽ
っと赤い光が膨張したから、 すぐに見張り番の居場所は分かった。はじ
めてそれに気づいたときには、 獣の眼だろうか、 などとみずから恐怖心
の起こるようなことを思ったが、 それがヒトであり、 見張り番だとわか
ったいまは、 その膨張したり収縮したりするものは、 見張り番が喫って
いる煙草の火だ、 とすぐに判断できるのだからおかしなものだった。
そればかりではなかった。その赤い火がぼうっと膨張したときに浮かび
上がる黒い人影の輪郭も見えるし、 彼が抱えているものが銃だとわかる
のだから、 人間の意識というか、 感覚というか、 視覚能力というものも
、 ふしぎなものだと思う。
そんなことをのんきに考えていたが、 考え直してみると、 そこに今夜
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