見張り番が居たことを確認できたのは、 一応の気休めにはなるけれど、
確認できたあとどうするのか、 朝まで見張り番に付き合って、 見張り番
を見張ることにどういう意味があるのか、 というと、 なんの意味もない
だろうと思う。
もっとも骨身に沁みてわかったことは、 夜の便所に蹲っていると、 じい
んと躰の芯まで凍えてくるほど、 ブラジルの夜は冷えるという、 気候的
事実だった。
柳子は、 その冷え込みを我慢してまで、 見張り番を見張るという愚かな
行為を中止して、 口笛を吹きながら小屋に帰ったが、 毛布を頭から被っ
てからも、 全身が凍えたために瘧のように震え出したのが、 なかなか温
もってこなくて困った。
茂おじさんを、 おっちょこちょいだと嗤えないなあ、 と反省する。
いや、 この凍えるような夜の戸外で、 それが彼らの仕事だとしても、 あ
るかないかわからない夜逃げの番をしているのも、 非常にご苦労さんな
ことなのだと思い、 彼らへの捩じれた感情を修正する。
奴隷のように見張られているのには腹が立つけれど、 媚薬 考えてみれば、 大
した働きもできない小森さんらが夜逃げすると、 いままでベンダに付け
で消費した生活費を踏み倒されることになって、 鷹彦さんの計算による
と、 暴利を掛けているとしても、 彼らの労賃と差引勘定がどうなるのか
しらないけれど、 農場側は損をすると思うからこそ、 見張り番を雇って 精力増強剤
でも、 労働者の逃亡を監視しているのだろう、 と考えがまとまってくる
。
こちらが見張り番を見張っているのは愚かなことだけど、 彼らが見張っ
ているのは愚かなことではなかったのだ、 中華 わたしも秋子さんと、 夜逃げ
の相談したのだから。
まして、 神戸の移民収容所で、 「わてら、 縫製工場潰しましてな、 夜逃
げしますねんがな、 ブラジルへ」と言った茂の冗談でも、 熊野が誰かか
ら漏れ聞いたとすれば、 この辺りを重点的に見張られても仕方ないこと
なのだ、 と納得するしかない。
そうだろうか、 ここで納得していいのだろうか、 農場側が経済的損失を
被るといっても、 小森が踏み倒してゆく生活費なんぞしれたものではな
いのか。熊野は日ごろ親切ごかしにしていても、 底の底では農場側の通
訳であって、 同胞の味方たり得ないのだ。
ああ、 そうじゃなかった、 とここで柳子は大いに気づく。
熊野が、 支配人に注意を促して、 漢方 小森をしっかり見張らせているのは、
農場側に対する忠誠心からではなくて、 まったく個人的な秋子への執着
心で、 秋子に逃げられて困るのは、 熊野が自分本位に算段したことの損
失だったのだ、 と。
なんだあ、 そうかあ、 そうならば、 いっそう秋子さんに手を貸して、 夜
逃げを成就させ、 秋子に懸想している熊野の鼻を明かしてやり
たいと、 柳子はいよいよ意地になる。
「ねえ、 秋子さん、 わたし見張り番をしっかり見張ってたのよ」
その翌日の昼食後、 秋子の耳に口を寄せて柳子が言うと、
「ええっ、 見張り番を見張ってたいうて、 どういうことお」
と秋子は呆れる。
「敵を制せんとすれば敵を知れって、 お父さんが言ってたから、 わたし
見張り番の動静を探っていたのよ。秋子さんが夜逃げするのに都合がい
い時間はいつごろだろうと思って」
そんな柳子の熱心さに対して、
「もうええのんよ」
と秋子の応えは、 冷め切っていた。
「もうええ言うことないでしょ、 あの状態だったらなかなか夜逃げする
の難しそうだから、 わたしが見張り番の眼を誤魔化して、 秋子さんらの
夜逃げを実現させてあげたいと思ったのよ。諦めなくてもなんとかなる
わよ」
「おおきに、 気ィ遣うてもろうて。そやけどウチら、 ちょっと夜逃げ
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