2011年11月22日星期二

威龍(イリュウ)あら

威龍(イリュウ)あら、柳ちゃ、寝とってもいいんだに」
チヨが、だいじょうぶなのかな、と心配しながら言うと、
「お腹空いて寝ておれないぃ」
と言うのだから、心配することはなかったのだ。
すでに作ってあったコーヒーを、チヨが急いで淹れてやり、アラビア式にメリケン粉と卵だけで練って焼いたパンを出すと、小食の柳子が、
「おいしい、おいしい」
と言いながら、何 中華蔵宝 「枚も食べた。その眼が濁っていなかったから、チヨも安心して、
「そりゃあそうずら、ご飯も食べずに寝てしまったんだから」
と明るい顏で言う。
井戸端から帰ってきた龍一が、柳子の姿を見止めて、ほっとした顏になり、
「どうだ、だいじょうぶか、作業には出なくていいんだぞ」
と言って、柳子が上げた視線と眼が合うと、娘の眼の色が澄んでいたから、龍一は眩しさを感じて瞬く。
「やれるわよぉ」
そう言ったのは、柳子の負け惜しみだろうと、龍一は聴いたけれど、そうとばかりは言えないようだった。
「やらなきゃ」
柳子がつづけたことばに張りがあったから。
「たくさん手に包帯巻いとくといいぞ」
チヨは、娘がひとりで小屋にいるよりは、たとえ作業をしなくても、皆といっしょに畑に出てくれていたほうがいいと思って、そう言う。
当分のあいだは、雑草を刈るだけの作業だということだし、そういう単純労働は、腰や手足の痛みや怠さを騙し騙ししているうちに慣れてくるものなのは、昨日タツが、「三日もしたらカダラが慣れはります」と言ったのを聴くまでもなく、チヨも経験的に知っていたから、掌の肉刺を何度も潰して硬くなるころには、躰のほうも惰性だけで動くようになるのだから、龍一が言うように、休ませるのには反対だった。

まだ朝露を含んでいる草は刈りにくかったが、土も湿気を含んでいて、かりかりと疳に触る音を立てないから、気持ちさえ穏やかに保っておれば、できない作業ではない。
「それでいいんだよ、柳子。儂らは亀でいいんだ、兎と亀の競争の亀で」
龍一が、のんびりと言うのが、こんな草刈り作業には合っているようだった。
もちろんそれは、内藤の家族に限られたことで、少しでも多く金を残して日本に持って帰らなければならない出稼ぎ者には当て嵌まらない。
彼らは、のんびりと亀になった気分ではおれない。兎になって眼を血走らせて働かなければならなかった。
昨日は、竜野耕助だけが裸足だったが、今朝は広子と文子も裸足で作業をしているのも、草鞋がすり減るのを惜しんでのことなのだから、内藤の心構えとは、まったく違う。
龍一が、のんびりやればいい、と言うのを耳にした熊野は、
「内藤の家族ば、ほんに遊び半分で作業ばやっちょるたい。あん人らはブラジルに物見遊山にきたんじゃろう」
と、こそこそや、ささやきではない声で言い触らしたから、瞬く間に噂になってひろがって、その残響が龍一のところに返ってくるのに時間はかからなかった。
「いいじゃないか、人それぞれの生き方があるんだから。人が物見遊山だろうと見えるくらい心に余裕があれば、それに超したことはないさ」
と龍一は、そんな噂を気にしなかっただけではなく、大正デモクラシーのなかで意識せずに培ってきた個人主義を顕わにしていた。
父娘の似ているところが、こんなところにもあって、柳子も、人の噂が気になるようなことはなかった。
ふたりとも、ブラジルの呑気さに適した性格だったといえるだろう。

毎日同じ作業を繰り返しているうちに、手足も慣れて、掌の皮も厚くなってくる。
それにつれて、気持ちのほうも無感覚というのか、物を思うのも大雑把になって、無頓着なガイジンたちの生活態度のほうに傾いてゆく。
もちろんそれは、肉体的にだけであって、永年に亙って培われてきた日本民族特有の精神主義的なものが同化することはなかったのだけれど。
それでも内藤柳子は、持ち前の勝気さと、知りたがり屋の性格が幸いして、ブラジルという未知の国と、コー三便宝カプセル ヒー農場の生活を体験することに大いなる興味を抱いていて、身体的な辛苦のなかで、精神的には意欲を燃え立たせていた。 塩酸ドキシサイクリン

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