「ロッコって気違いのことなのぉ」
「小森さんが気違いにされとるのか」
「気違いやてえ、 そんなあほな」
わいわい日本人たちが、 不満を言い交わすのを聴いて、 ガイジンたちはいっそう不気味に思うのだろう、 彼らの眼が落ち着きをなくす。
睨み合った状態がしばらくつづくと、 双方ともに殺気立ってきて、 周囲の空気が重く沈澱し、 息苦しくなる。
「なにかの間違いだと言ってやりなさい」
龍一がそんな雰囲気を嫌って、 意識して静かに言う。
「間違いはどう言うんだったあ、 春雄くん」
柳子が春雄のほうに振り返ると、 春雄は怒った顔で、 頬を膨らませて言う。
「エラードや」
「春雄くん、 抗菌薬 よく知ってるんだから言ったら」
柳子は自信がないから、 場所を春雄に譲るように少し身を引く。
「エラードやでえ」
春雄が震える声で頼りなく言ったが、 通じたのか通じなかったのか、 ガイジンたちはなんの反応も示さない。
「通じなかったのかしら」
柳子ががっかりした顔で龍一のほうを見る。
お父ちゃ、 なんとかしてあげてよ、 という表情なのは龍一にもわかったが、 売店で買い物をするときのようにいかないのはわかっているから、
「いやあ、 こういうときには言葉が分からないのは致命傷だなあ」
と尻込みするしかない。
すると柳子が、 持ち前の人怖じしない性格で、
「ねえ、 あんたたち、 エラードよ。この人ロッコ、 ノンよ、 ノン。わかる。エラード、 間違い、 わからないの、 ばかねえ」
と茂を指差したり、 細い人差し指を真っ直ぐ立てて大きく横に振ったり、 手振り身振りでいっしょけんめい言うのだけれど、 日本語も混ぜて言うから、 ガイジンたちにわかるはずはなかった。
「ねえ、 性感染症 抗菌薬 お父ちゃ、 手振り身振りは世界共通語だって言うけど、 通じない相手もいるのよ」
柳子は地団太踏みたい気分になる。
そうこうしているうちに、 監督の馬に乗って駆け去った黒人の青年から報告を受けた支配人が、 幌付きの小型自動車で、 もうもうと砂塵を上げて駆けつける。
ざざざあ、 と地面を斜めにすべって急停車した車から降り立った支配人は、 日本人のほうをまったく無視して、 まだへたり込んだままの監督に、 早口の怒声を含んだ声で話し掛ける。
支配人と監督が話す言葉のなかに、 なんどもロッコという言葉が行き交うのだけが、 聴き覚えたばかりの日本人の耳にもわかる。そして、 やはり茂は狂人にされているらしい、 と誰もが思う。
もうひとつ龍一に、 はっと気づかせた言葉があった、 「クマノ」という言葉だった。
あっ、 どうして熊野のことを失念していたのだろう。普段ならすぐに熊野を思い出して救援を求めただろうのに、 と自分自身の迂闊さが信じられないほどだった。
「おい、 柳子、 性病 熊野だ、 熊野を呼んで来い」
龍一の叫ぶのを聴いて、 日本人全員がはっとする。
ほんとだ、 どうして熊野がいないんだ、 こんなときに。
熊野のことを忘れていた自分らの迂闊さよりも、 熊野がここにいないことを非難がましく思う。
支配人がまわりのガイジンたちに指図して、 黒人青年が三人がかりで大男の監督を担ぎ上げ、 小型自動車の助手席に乗せ、 押さえつけていた茂の腕を後ろ手にねじ上げながら、 荷台に押し上げる。
それを見たタツが、 金切り声を上げて、 支配人に食って掛かる。
「なにしはりますねん、 あんたら、 うちの人どこさ連れてゆくつもりだす」
タツが掴みにきた手を邪険に払った支配人は、 渋面をつくって運転席に乗り込む。
「ノーノーノー」
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