2011年11月24日星期四

発毛剤 まだまだええ目でけたんだすさかいな

「そこだすがな、 わてが小便しょう思うて畦道に出ていったら、 なににびっくりしたんか馬が立ち上がったもんだすさかい、 監督はんが馬から落ちて落馬しはりましたんだす。そこさ運悪う樹ぃの切り株おましてな、 腰打ってしまはりましたさかい、 わてが助け起こしたげまひょう思うて寄っていきますとだすな、 監督はんが変な声出しはりましてな、 大声上げはりますさかい、 よっぽどきつう打ちはって悲鳴上げてる思いましてな、 どうしはりましたんだす、 だいじょうぶだすか言うて、 強精 わてが近寄ると」
「お父ちゃん、 そないに同じことなんべんも言わんかて」
秋子が、 しゃべり出して止まらない父の説明に楔を打つ。
熊野が、 茂の言ったことをブラジル語にして、 監督のほうに訊ねると、 強打した腰がまだ痛くて顔を歪めていたが、 また長々と説明をしはじめる。
支配人と熊野のふたりが笑い出したので、 周囲のものが呆気に取られる。
「小森しゃん、 あんたが変な格好して、 オケケケエちゅうて掴み掛かってきたばってん、 てっきり気が狂うたちゃ思うたと、 監督ば言うとるたい」
熊野が押さえ切れないおかしさのまま、 監督の言ったことを茂に伝える。
「ほな、 なんだすかあ、 わてが助け起こそう思うて行ったんが、 気ぃ狂うて掴み掛かってきたと」
「誤解、 誤解」
「五階も六階もありますかいな、 あほらしいて開いた口ふさがりまへんわ」
タツが怒って、 吐き捨てるように言う。
「なんせ、 その恰好じゃけ。はじめ監督ばタマンドアかと思うて、 よう見たら変な恰好した男ば、 奇声ば発して大手広げて来るんじゃけ、 誰でも気ば狂うた思うじゃろうたい」
やっと誤解が解けて、 なんでもなく収まりそうだと安心して、 柳子が笑い出し、 秋子や夏子も泣き顔を笑い顔に変えると、 周囲のものも笑い出して、 笑いの渦が舞い上がる。
ガイジンの青年のなかには、 地面に足踏み鳴らして、 転げそうになって笑うものもいた。
「ほら見なはれ、 笑いもんにされて、 いい恥じ晒して、 いちびって変な格好した罰だす」
夫を阿呆呼ばわりするタツも、 いまは笑いながら言う。
「へえ、 どうも、 お騒がせしまして」
荷台の上でひょろひょろ立ち上がって、 ぺこりと頭を下げる茂を見て、 笑い声がいっそう高くなる。
ガイジンの労務者も、 茂が道化役者のように見えて笑ったのだろうけれど、 腰を抜かした監督が慌て者だったのだ、 と言うものもあって、 日ごろ威張っている監督を嗤うものもいた。
危うく精神病院に入れられそうになったところを、 持続力up 熊野に救われたと思う気持ちは、 タツひとりではなく、 受けたショックが大きかっただけに、 その反動で小森の家族全員が、 熊野に対する感謝の念を高めたのが、 柳子の眼にもわかった。
それまでにも、 タツが熊野に取り入ろうとしているのは、 誰の眼にもわかるほどだったのが、 気違い騒ぎがあったあと、
「熊野はんは、 恩人だすさかいな」
とタツは言って、 公明正大な理由ができたのを幸いに、 いっそう熊野を奉るような態度になった。
「ケッタイナことになったわねえ」
柳子が、 こんなときには大阪弁のほうがいろんな意味を含めて言える便利さがあるのを知って、 使用する。
どういう意味に取ったのか、 秋子がぱっと顔を赤らめて、 あいまいな表情になる。
柳子は、 秋子の立場が微妙になるのを気の毒がって、 同情して言ったのだけれど、 秋子の心情はもっと複雑だった。

そんなある日、
「ウチね、 お母ちゃんに、 思い切って鷹彦さんと結婚したい言うたんよ」
秋子が、 なんの前触れもなく、 話のついででもなく、 唐突に言ったから、 育毛剤 柳子が驚いて、
「へえ、 そしたらあ」
とタツの反応を聴きたくて急かせると、
「エライコト、 怒られてしもた」
と秋子の応えは柳子の予想通り、 がっかりさせるものだったのに、 秋子の表情には少しも落胆した様子も見られなくて、 むしろやれやれといった安堵の色が見えたから、 柳子のほうがおかしな感じを受けた。
しかしそのあとにつづいた秋子の話で、 おかしな感じはすぐ解消された。
「あんた、 ええ加減にしなはれ。あんなへなちょこの文学青年といっしょになったら、 先がどうなるかわかってまっしゃろ。三度のご飯にもことかいて、 ひもじい思いさされるのんが関の山だす。一生はいっぺんだけだっせ、 ええ目せんと損だす。ええ目さしてくれはるのんは学問ちゃいます、 理屈で世の中渡られしまへん、 腕だす、 力だす、 世の中要領よう立ち回る才覚だす、 そんなこと言わんかて、 あんたはとうに知ってる思うてましたけど。お父ちゃんが、 へませえへんかったら、 わてらこんなとこに来いへんでも、 発毛剤 まだまだええ目でけたんだすさかいな。ここで資本こさえて、 もういっぺん、 大阪で花咲かさなあきまへん。そのためにはちょっとくらい嫌なことでも目ぇ瞑って辛抱せんとあきまへんでえ。よろしいな、 オナゴはカダラだっせ、 せっかく別嬪に生まれたんだすさかいに、 それだいじに使うて、 こんなとこでもちょっとはええ目でけたら思うて、 お母ちゃんはいっしょけんめいなってますねんがな。なにが得か損かよう考えて物言いなはれ。二度とお母ちゃんの耳に、 そんなアホなこと聴かさんといとくれやすや。言うて、 長い長い説教されてしもた」
語尾はすこし投げ遣りな感じに聴こえたけれど、 それですっきりしたような顔になっていたから、 秋子も、 薬で治らない恋の虫下りて、 鷹彦のことを忘れるきっかけになったんだろう、 と柳子は思った。
柳子がそう思ったのを立証するように、
「やっと、 秋子に憑いてたケツネが落ちたようだす」
とタツが言い、
「お母ちゃんの哲学は、 しょうしょうくらい手癖が悪うても、 生活力旺盛な男はんやなかったらあきまへん。おんな遊びは男はんの甲斐性だすさかいな、 言うのやさかい」
と秋子が言って、 おかしくもないのに、 くすくす笑ったので、 近頃秋子の、 熊野に対する態度が変わった原因がわかった気がしていたのだが、 こんどの気違い騒ぎで、 いっそう株を上げた熊野は、 タツと秋子にとって、 現在の生活ではもっとも重要な存在になったことは確かなようだった。
それにしても、 死ぬほど好きになっていた鷹彦から秋子の心情が雲散霧消するはずはないだろうから、 きっとその辺を浮遊しているに違いない、 と柳子は、 人の心の変化するのをまざまざと見せられた思いと、 ある種の執念というものを、 究極のところで観察したいものだ、 と興味の対象をずらせる。
タツの言うことは、 もっとも低俗な、 もっとも常識的な処世術なのだろうが、 女性みずからが女性を蔑視している矛盾に満ちたものだということを、 女性解放運動に携わっていた雅子叔母の感化を受けている柳子にはわかった。
そういう仕組みになっている日本の社会だから、 女が積極的に発言すると、 お転婆だと決め付けられてしまうのだけれど、 秋子のように、 生まれたときから花より団子の合理的精神のなかで育てられてきたものを、 一刀両断に非難するわけにはいかない気もする。
母からひどく叱られたから考えを変えたのではなくて、 秋子の心のなかにすでにあった考え方に戻っていったということだろう。
女同士として悲しいことだし、 友情としては寂しいことだけれど、 まだまだ女は弱い立場にあるのだから、 生きるためには我慢しなければならないことかも知れなかった。
貧しさのために、 娘を売る親が日本にもたくさんいるのだから、 まだまだ女性は売物の域を抜け出せないのだ、 と否定すべきことを肯定しなければならなかった。

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