「お祝いですから、 ひと滴だけでも」
「それじゃあ、 本年もみなさんが健康でありますように」
龍一が、 盃を上げると、 一同がそれに倣って盃を捧げ持つ。
龍一が盃に口をつけると、 みなも口をつける。
季夫は何も考えずに飲んでしまって、 ぺっ、 と吐き出す。
タツが周章てて季夫の背をさする。
如月は少し口をつけただけで、 口に含まなかったけれど、 口を歪めてタツのほうを見上げた。
「飲まんかてよろし、 お祝いやさかい真似だけしたらよろしますねん」
タツがそう言ったから、 如月は安心して盃をテーブルのうえに返す。
柳子が、 チヨから言われて、 昨夜のうちに作ってあった祝儀袋を、 こどもたちに配る。
「うわっ、 お年玉や。おおきに」
春雄が飛び上がるようにしてよろこぶ。
季夫と如月がきょとんとしているのを見て、
「はよう、 お礼言いなはらんかいな」
とタツは言ったが、 彼女の眸には、 明らかに嫉妬の色が揺らめいていた。
チヨが、 豪華な椀で出した雑煮は、 見ただけで庶民の食べ物とは思えないほどだった。
「急に思いついて拵えたものですから揃うておりませんが、 どうぞおせち料理を取ってください」
チヨが言いながら、 九谷焼の皿を配る。
とうてい間に合わせに急いで作ったものとは思えない料理が、 輪島の重箱に体裁よく入れられていた。
工夫をしたあとが歴然としている乾し鱈を戻して煮込んだ甘煮。金平牛蒡や雑魚の田作もある。潰したばかりの新鮮な鶏肉と胡瓜の味噌和えなどは、 いかにも上品に見えた。
先ほどタツの眸の奥にゆらめいた、 嫉妬の炎が、 小火に終わらず燃え上がった。
「いやあ、 もうことばがおまへん。内藤はんとこは、 みんな手品師だすな。こんなもんどこから集めてきはりましたんだす。奥さんかて、 なんとかかんとか呪文唱えて拵えはったんちがいますか」
茂は軽口を叩きながら、 涙ぐんでしまう。
せっかくの座が白けてしまいそうになるのを気遣って、
「お父ちゃん」
と秋子がなにか言おうとして、 こちらも鼻を詰まらせてしまう。
小森の家族は、 全員が感激しやすい性質な
のだ。
「お父ちゃん、 お屠蘇に洟水垂らしたら塩辛なってしまうやんけ」
春雄がその場の空気を掻き混ぜて、 なんとか救いにかかる。
さすが春雄くんや、 と柳子はこの子の機知や頓智には、 いつも感心させられる。
「暑い正月やさかいな、 洟水やあらへん汗だすがな。いや、 たとえ涙やったとしても、 熱い涙でっせ。南回帰線の上突っ走る感激の涙だす」
泣き笑いの顏になって茂が言い返すと、
「活動写真の弁士みたいなこと言いはって、 なんだすのん」
とタツが漫才夫婦の本領を発揮して言ったから、 哄笑が起こって、 ちょっと白けかかった座がもとの明るさに戻る。
龍一と茂が、 ほろ酔い気分になって、 互いの妻に差し障りのない、 もっと若いときの悪戯話に花咲かせるようになると、 チヨとタツが、 かつてなかった打ち解けようで、 こちらも夫に差し障りのない愚痴をこぼしにかかる。
柳子や秋子らは、 ブラジルにきてからはじめて、 トランプ遊びのばば抜きをして、 笑い興じていた。
鱈腹食った如月と季夫が、 裸の腹にタオル・ケットをかけただけの恰好で、 ぐっすり昼寝をしている上に、 大きなバナナの葉の影が揺れていて、 いかにも涼しそうに見え、
「ほんまにブラジルの正月だすな」
タツが感慨深げに言う声が、 ぼうっと外の熱気のなかに溶けてゆき、 蒸発する様子が見えるようだった。
川田鷹彦は、 新聞を読ませてもらうだけではなく、 親身に心配してくれる薬局の主人横山だけには、 何を措いても新年の挨拶をしておかなければならないと思って、 出掛ける。
「そんな気ぃば遣わんでもよかよ。ぼくはブラジル人だから、 日本の風習なぞ知らんけに」
日本人との交際よりも、 妻の側のイタリア人との交際のほうを密にしているという横山だった。
もうすでにブラジルには、 日本人の顔をしたブラジル人もいたんだ、 と鷹彦は再認識して、 日本を捨ててきたと自覚しているはずのみずからが、 日本の風習にこだわっていることに苦笑する。
「せっかくきてもらって悪いけど、 ぼくのところはクリスマスのフェスタは盛大にするけど、 正月のフェスタはしないしね、 ぼくの嫁さん、 こども連れて親のところに帰ってしもて、 ぼく新年早々からソルテイロじゃけ」
横山はそう言って、 明るく笑う。
この人はいつも屈託のない人だなあ、 と感心して、 なんでも悲観的に考えてしまうみずからを意識させられる。
「そうですか、 たまに独身を楽しむのもいいんじゃないですか」
鷹彦は、 横山の明るさに引き摺られて、 少しは憂欝さを緩めなければいけないと思う。
「楽しいことないよね、 みなが休む日にはいっしょに休んだほうがええように、 この頃思うばってん。因果な商売はじめたから年中休みなしなのよね」
「ほかに店員はおかないんですか」
「あ、 あんた、 ここの店員になりたい」
大学出の店員なぞ考えられなかったが、 鷹彦の病状を心配していた横山は、 畑で働くよりはここにおいたほうがいいだろうと、 とっさに口が滑ったのだけれど、
「いやいや、 そんなつもりは毛頭ありませんけど、 避妊薬 夫婦のどちらかが店番しなければならないのもたいへんだなあと思って」
と鷹彦が言ったから、 横山はやれやれと思う。
「嫁さんの兄弟がときどき手伝いにきてくれるから、 骨休めはできるんだけどね、 媚薬女性用精力剤 店員はおけないの」
「どうして、 そんな規則があるんですか」
「規則やないの。ぼくたちどちらもやきもち妬きで、 女の店員入れると嫁さんがやきもち妬くし、 男の店員いれるとぼくがやきもち妬くし」
横山の開けっ広げな話に、 鷹彦は笑ってしまう。
そこに、 ガイジンの女が駆け込んできて、 腹痛を訴える。
「ほれね、 これだからね」
横山は日本語で言って、 肩を竦めて、 女を薬局の一郭に作ってある診察室に入らせる。
「クリスマスに変なソーセージ食べすぎたんだろ、 腹痛だか腰痛だかわかったもんじゃないからなあ」
鷹彦にも聴かすつもりなのか、 横山は大きな声で女をからかいながら、 腹を押さえているようだった。
「アキイ、 アキイ」
女の患部を探している声がする。
横山夫婦が嫉妬深いというのは、 こちらを笑わせるためにつくった話だろう、 と鷹彦は思う。ほんとうに嫉妬深いのなら、 夫を独りにして実家に帰れるはずはないだろう。こういうふうに女が自由に出入りして、 人から怪しまれない環境なのだから、 浮気をするつもりなら容易にできる状態を、 わざわざつくることなどできるものではないのだから。
まあ、 横山夫婦にかぎらず、 どこの世界でも、 男女が性にまつわる疑心暗鬼のために、 戦々恐々となっていることだけは事実なのだけれど。
そんなことを思って、 かえって人間社会の生臭さと微笑ましさに、 なんとなく心を暖めながら、 横山が出してくれてあった新聞を広げはじめると、 十二月二十四日付けの『聖州新報』の二面に、 せっかく緩めた緊張をまた捻り上げるような記事があった。
「植民地の不統制から小學校遂に閉鎖 退植者續出の共榮植民地」という見出し文字の内容は、 「日本語の先生になればどうか」と横山から奨められて、 鷹彦が、 日本人の心の狭さを危惧し、 君子危うきに近寄らず、 だと躊躇した理由が、 そのままの形で表面化していることを報じたものだった。
あのとき鷹彦は、 日本語学校の先生という職業には誘惑を覚えたのだけれど、 いま、 先見の明があった、 と自分自身の臆病さを称賛する。
「パ延長線フェルナン・ディアス驛共榮植民地では學校問題を中心として常に先生對植民者の間にゴタゴタが絶へず三年間に三人も先生が交代するといふ工合で揉めてゐるが、 これで(は)こどもの教育さへ滿足に出來ぬと早くも同地に見限りをつけて退耕する者も多いと云われてゐる。之は植民者の意見が常に不一致の爲來る先生達の缺点を指摘してその度に更迭するといふ風で學務委員も有名無實、 植民者が勝手に振る舞ふ爲屡々休校した事すらあるが現在では全く閉鎖の形にあり子弟教育に甚だ面白からざる傾向として心ある植民者を悲しませてゐるといふ」
まさに鷹彦が胸撫で下ろすのも宜なるかなという、 愚かな事件だった。
なんとも御し難い輩の多いことか、 と鷹彦は改めて嘆息する。
こんな心のなかを隙間風が通るような話題と比べると、 横山夫婦の嫉妬深いという生臭い話がなんとなく暖かく感じられるほどだった。
その上、 ご丁寧にも、 日本人の愚かな村社会根性を嘲笑するかのような、 皮肉な記事が眼についた。
十二月二十七日付けの新聞で、 「聖市 リオの諸新聞一齊に外國人經營の小學校問題を論議 新移民法には嚴重な規定挿入か」という眉を顰めざるを得ない報道だった。
しかし、 これは共栄植民地の学校閉鎖に至った紛争を原因とするものでは全くなくて、 ヴァルガス大統領が強力に推進するブラジルの民族主義に阿るものの発言で、 性欲欠乏症 ブラジル国内に外国移民が持ち込む外国の民族意識への反撥から起こっている問題なのだ。
おそらく、 と鷹彦は推測する。この外国人学校への干渉は、 これを火種として燃え上がり、 早晩実際に起こり得る問題だろう、 と。
そうすれば、 同胞のなかで醜い争いを起こした挙げ句の学校閉鎖ではなく、 大きな政治的圧力で閉鎖させられる憂き目に合う日が早晩くるにちがいなかった。そして、 もしもそういう事態になるとすれば、 それは学校問題だけに留まる事柄ではないはずだった。
ヴァルガス大統領の偏狭な民族主義によって、 外国人移民への圧迫が増大し、 暗く憂欝な日々が現出することになるだろう、 と懸念するに至る。
横山に礼を言って、 新聞を返し、 外に出ると、 まるで鷹彦の心象風景ででもあるかのような、 まっ黒い雲が、 天を這い回る龍になってうねっていた。何頭もの龍が雌雄を決する闘争をしている感じがした。絡み合い縺れ合いする黒い雲は、 つぎつぎに細胞分裂をして勢力範囲を拡大してくる。それでもまだ雨に変身して大地を襲うことをせず、 地上のものたちに恐怖感を与えて楽しんでいるふうだった。
視線を転ずると、 まだところどころに青空が残っていて、 それは恐竜の目玉になって光っている。
雨季は確実に迫っていた。
気圧がどんどん凝縮してきて、 頭を締め付けられる圧迫感があった。
鷹彦は、 またここで鬱病が再発するのを懼れる。
あれは長い長い煩悶の歳月だった。大学を出てから、 郷里に帰って小学校の教師になる話に頭を悩ませているときに発病した鬱病だった。
尋彦叔父は、 構成家族をつくるために鷹彦に救いを求めたように言うけれど、 ほんとうは鷹彦のほうが憂欝な状況から救われたくてブラジル移民のなかに逃げ込んだのだ。
表面的には嫂との不倫からの逃亡になっていたのだが、 不感症 鷹彦の鬱病はそれ以前からあったのだった。
嫂との関係は、 二人を引き離すことで解決できても、 鬱病は、 ブラジルに逃げてきたからといって解決できる性質のものではなかった。
鷹彦にとって、 こういう季節はもっとも苦手だった。心臓の動悸が不規則になり、 弱まったり強くなったり、 途切れがちになったり速くなったりするから、 発作が起こると、 じっと立っておられなくなる。
そんな躰の不調は、 もちろん鷹彦の神経質な性格も影響するのだが、 自分自身の力の及ばない社会情勢や世界的な状況にまで気を揉む、 思想的な煩悶も大きく関係するのに違いなかった。
いま頭上で闘争している竜巻雲の様相に似た戦雲が、 世界に拡大しそうな形勢だった。
新聞報道によると、 日本が支那を侵略する戦争を起こして、 底無し沼に嵌まり込んで行く一方で、 欧州でも風雲急を告げる情勢になっているという。
ブラジルが戦火に巻き込まれることまで考えられなかったが、 ヴァルガス大統領の性格は、 その危険性を多分に含んでいるだろう。こんな多民族社会で敵味方に別れたときの混乱を想像すると、 鷹彦は、 ひ弱い個人の意志が踏み躙られる日が、 すぐ目前に迫っているかのように恐怖を覚える。
ああ、 世界のどこにも、 俺の求める平安はなかったのだ、 と悲観論が先に立つ。生きていることが嫌になる。
まだ遠い風景だと観ていた雨季が、 どんどん迫って、 鷹彦はそれに巻き込まれ、 ずぶ濡れになり、 よれよれに崩れてゆく自身の姿を視ている自分自身を幻影に描く。
鷹彦の視ている幻影を、 より鮮明にする稲妻が、 昧い空間を貫き通す。
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