カークランド(Kirkland)-- ミノキシジル5%溶液眠気のとれないぼんやりした頭のままだから、夢遊病者に似て思考も定まらず、思念も茫洋としているから、蛍火のように飛ぶ火の粉と同じで、乱れているし、みずからの行方もわからない状態だった。
柳子の心の シアリス Cialis 50mg*30錠内側で、ぱちぱちと音して爆ぜるものがあった。それがなになのか柳子は把握できないままでいた。
窓外を飛んでいる火の粉も、柳子の心の反映に違いなく、ゆらゆらと舞い落ちるのもあるし、すばやく舞い上がるのもあシアリス Cialis 20mg*4錠 る。うろたえて走り去るのもあるし、車内を覗きにくる剽軽なものもある。激しい火花を弾くのもあるし、脆くもあっけなく消滅してしまうのもあった。
柳子の心も、いまは無形のままだった。風であり、水であり、時の移ろいに似て。
いつどこでどう変化すシアリス Cialis 50mg*10錠るかは自分自身にもわからない。火の粉と同じで、誰にも捕まえようはない。しかし、柳子自身の意識しないところで、ある一定の法則に従って流されてゆく定型があるように思える。
常識の人は、その定型によって流されてゆくのだけれど、柳子はちがう。さきほどもいったように、柳子の心は無形だから、大きな法則のなかで流されながらも、ときにして常識からは大きく逸脱することもあった。火の粉が風向きのままに流されてゆきながらも自由に振る舞っているように、柳子にも自由気ままなところがある。つぎにどう振る舞うかは誰にも予測できない。燕返しの急変は判断のしようもないし、常識人の理解のそとだったから。
一人娘で甘やかされて育ったのが、後天的な性格として形成されたのか、父親の血を濃く受け継いだのか。その両方だろう。
柳子の躰にその血を享け継がせた張本人の内藤龍一も、自由奔放なところがあった。柳子を東京の生活からごぼう抜きにして、ブラジルに連れてくる理由を「お上のご都合だ」と言ったのは、真っ赤な嘘で、当時、お上のご都合は絶対的なもので、それに逆らうものは、非国民か、アカというレッテルを貼られて、まともな人間ではなくなるだけではなく、思想犯を検挙するために創設された特別高等警察部、いわゆるトッコウと呼ばれたそれを恐れた民衆はみな、観ざる、聴かざる、言わざる、の三猿になっていたのを、利用したのだ。
内藤龍一は、養蚕で財を成した旧家の典型的な惣領の甚六で、わがまま勝手な性格だった。
その上に、端正な容貌と、おとなこどもの甘えが女を惹きつけるオーラになって、幼児から女を抱くのではなく、抱かれることによって得られる愉楽の園で遊ぶおもしろさを覚えてきたのだった。
その結果、狭い長野盆地のなかでは、もうこそこそと逃げ隠れするところがなくなって、広い天地へ飛び立つことを考えたのが、ブラジルへの脱出だったのだ。
当時、満州へゆく話もあったが、あまり勇ましいところは、身の危険もあるだろうと、おおかた三十年の移民の歴史を持つブラジルを選んだのは、養蚕技師という肩書きを持っていたからでもあった。
だから、こうして、自分ひとりの思惑と都合だけで妻と娘を強引に引き連れて、ブラジル移民のなかに紛れ込んで来たのだ。
その内藤龍一は、面長で繊細そうな外面的な造形と、内面の楽天的な性格の、相反するものを、娘の柳子に継承させていた。
柳子が、父の血を受け継がなかったのは、背丈だけだった。産んだ母に気の毒だと、胎児のときに考慮したのか、小柄なところだけ母の血を継承していた。
じっと、まだ暗い沿線の、定かではない風景に眸を凝らせて、暗い中空に思念を形づくろうとしているのか、風景の物の形を捉えようとしているのか、視つづけている柳子の胸のなかを、火の粉の鮮やかな赤い色が浮遊している。
流れ動く思惟の軌跡が、豊かな感受性にひとつひとつ定着する。いちど無垢な心に染みついた色は、火の粉と違って消えたりはしない。
ブラジルに上陸してからの印象は、けして消えることのない永遠の記憶となって、柳子が歩く歴史のなかに、しっかりと刻印されるはずだった。
海抜七百メートルあまりの高原都市サン・パウロを早朝四時に出発した特別仕立ての移民列車は、ひたすら西へ、内陸部の低地へ向けて走りつづけ、かすかに色づきはじめた萌葱色の夜明けを手繰り寄せることに専念している。
柳子の思惟も、おもむろに輪郭をつくりはじめ、平原の朝の気配が、巨人の目覚めに似てゆったりと大仰な仕草で起き上がってくるのを捉えるようになる。
小槌で堅い木の幹を打っているような車輪のリズムに合わせて、ブラジルの朝の呼吸が聴こえている。
もう眼を凝らさなくても見えるようになった広々とした草原と、草原の遥かな向こうに風景を縁取っている森林の連続線と、とりとめもなく点々とうずくまる農家のかげが、その眠気を誘うリズムのなかで、輪郭を鮮明にしてくる。
移民列車が疾駆して、長かった旅の終着駅が一寸刻みに近づいてくるということは、同じ距離だけ日本から遠ざかっていることになるのだけれど、と考える柳子には、まだ故郷へのこだわりを棄てきれないからにほかならないものがあるのだろう。
幼いときから、めったに涙を人に見せたことのない柳子だから、いまも勝ち気に平気は装っていても、未知の国に来て、いまから始まろうとしている新しい生活に不安を抱かないはずはないのだから、記憶の抽斗が入れ替えられようとしているいま、過去への未練はどうしようもなく起こる。
どうしてこんな事態になったのかと人から問われても、柳子には答えようもない。柳子自身の意志で来たのではなかったから。
ときは一九三七年十月の中旬だった。
当時の厳然たる父権社会のなかで、父親が決定したことに妻や娘が盲目的に従わざるを得ないのは常識なのだ。まして柳子は未成年者だったから自分自身で選ぶ権利はなく、いくら父親がみずからの都合で横暴な振る舞いをしても、父の行為を是とするのが子としての孝道だった。たとえそれが無謀な行動であっても、身勝手な父親が責められるよりもさきに、黙して従った子は、修身教育の見本として誉められたのだ。
そういう子女のなかでも、柳子はまだ恵まれていたほうで、少しは知性もあり、経済的な裏づけもあったから、悲痛な思いはなかった。ブラジルってどんなところかなあ、という興味のほうを優先させられるのんきさまでは侵食されていなかったのだ。
移民船に乗ったときから、まず一般の移民者と船室が違った。船倉のなかに設えた蚕棚で雑魚寝するのではなく、三等船室を当てがわれていたのだ。
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