2011年11月25日星期五

勃起力減退 と考える

てるだけや」
秋子は、 平凡と言ったけれど、 柳子には、 秋子の言葉が投げ遣りに聴こ
えた。
「まあね、 勃起不全 まだ一年には満たないんだもの、 ブラジルが永住に値する国
か、 はたまた日本がいつかは帰ってゆく祖国たり得るか、 非常に決め難
い問題だと、 わたしは思うのでありますが」
柳子がふざけて演説調に言うと、 秋子が転げ回るほど笑って、 溢れた涙
を拭う。
そのあと、 急にしんみりして、
「ウチら、 日本に帰ったかて、 一から遣り直しやし、 楽しい思い出なん
かあれへんし、 ここに来てわかったんやけど、 仕事はきついけどこれは
慣れやし、 考えようによってはブラジルも暮らしええとこやないかなあ
て思うんやけど」
秋子が言うのを簡単に解釈すると、 住めば都ということになるのだろう
と思う。
不幸な過去を背負ってきている秋子にすれば、 そう切実に日本に帰りた
いという思いはないのかもしなかった。
なんだか可哀相な秋子さん、 と思いはじめると、 身につまされて、 いっ
しょに泣いてやりたい気分になる柳子だった。
そして、 泣き顔を他人に見せたことのない柳子は、 泣かなければならな
い心境にさせた原因の一つ一つを解明しなければならないのではないの
だろうか、 と思い、 目に見えない何ものかに向かって怒りが湧いてくる 勃起障害
のを覚える。
そのなにものかは、 自分自身を東京からブラジルに、 いとも簡単に移し
替えることのできる、 抗しきれない巨大な力を持ったものらしいから、
畏怖を感じるのだけれど、 及ばずながらも抑制できない憤りを覚えて挑
戦的になる。
そういう境遇に立たされたことのない恵まれたものの感傷からの怒りに
すぎなかった柳子は、 東京にいるときにも、 雅子叔母から、 極貧の果て
に娘を売る親がいるという話を聴いていて、 「その親たちは、 どうして
死を選ばないのかしら」と、 娘たちへの憐憫を、 社会的に拡大して考え
ることはなく、 親への憎悪にしたことがあったが、 こんどもまた、 小森
の家庭の事情を観て、 その怒りの具体的な対象が、 ごく身近なところに
あるのだと義憤する。
義憤の対象は、 この農場の賃金システムの
悪辣さであり、 ベンダの法外な利潤の掛け方であり、 熊野の心の穢なさ
なのだ、 勃起力減退 と考える。
新聞記者になるのが希望だといっても、 まだ柳子には、 自分自身の身辺
のことにしか関心が向かなくて、 社会の仕組みを造っているものが、 想
像を絶する巨大な悪で、 ひ弱な個人が絶叫し、 暴れ回ってもどうにもな
らないものだとは思えなかった。抗議をすれば何とか成るのではないか
と考える。じっと我慢しなければしようがないものとは思いたくなかっ
たのだ。それではあまりにも情けないではないか、 と惟うから。
「ねえ、 秋子さん、 芸者に売られた娘のように、 鉄砲持った用心棒に見
張られてるなんて、 思っただけでも虫唾が走るじゃないの、 そう思わな
いぃ、 秋子さんは」
柳子は、 秋子からどんな返事が聴けるだろう、 と眼を耀かせて待つ。
「運命やよ、 なにもかも、 運命なんよ」
秋子は、 投げ遣りに言った。
「へええ、 秋子さんは、 運命いうものを信じてるの」
柳子が考えていたような返事ではなかったから、 ちょっと戸惑いなが
ら訊ねる。
「信じとうなくても、 自分の思うようになれへんかったら、 信じなしょ
うないやんか」
「じゃあ、 秋子さん、 諦めるのね」
「諦めなしょうないもん」
秋子は、 諦める、 ということばは適当ではないと思っていたが、 ほか
にことばが見つからなかったから、 そうしておく。
秋子の考えとしては、 ずうっと先のほうで、 いまの犠牲に見合うもん
を、 絶対に取り返すさかい、 虚弱体質 という根性を持っていたのだけれど、 それ
を簡単に説明することはできなかったのだ。
「諦めるんだったら、 きっぱり潔く諦めて、 もう二度と口にしないで」
「柳ちゃんは、 なんでも右か左か、 白か黒か、 はっきりせんといかんの
やねえ」
「そらそうじゃない、 中途半端にしてたら気持ち悪いじゃないの」
「その中途半端なとこでふらふらしてるのも気持ちええもんなんよ」
中途半端なことが気持ち悪いという柳子には、 中途半端なところで浮
遊している快さなどわからへんやろなあ、 と秋子は惟うだけにした。
「へええ、 秋子さん、 変な趣味あるのねえ」
「世の中、 はっきり決められへんことも仰山あるさかい」
秋子は、 柳子の少女趣味な潔癖さでは考えられないことやろうと思う。
「秋子さんは、 なんでも消極的に考えるからじゃないかしら」
「柳ちゃんが積極的すぎるんや思うけど」
「さあねえ、 どちらがどちらか知らないけど」
どんなに柳子が積極的でも、 そういう曖昧さで終わらせてしまうしかし
ようがなかった。

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