2011年11月28日星期一

体力の衰え しみじみと実感した

「ねぇ、 お父ちゃ、 なにもかもスイス人耕地とは違うわよ、 この風景には彩りがあっていいわねえ」
「そういえば、 向こうはコーヒー畑だけで、 多彩な彩りはなかったなあ」
「うん、 ここからの眺めは、 かたちがいかにも日本の田園風景に似て色彩が豊富だし、 ゆとりがあるものねえ」
柳子が言うことを、 早漏 龍一は感心しながら聴く。ブラジルに来て、 ずいぶんおとなになったものだ、 と思いながら。
そして龍一自身も、 赤道を越えたとき儂は変身したんだ、 と言ったのを、 その場限りの言い逃れではなく、 本気になってやらなければならないところにきているんだ。スイス人耕地で、 他人の指図のままに働いてきた一介の労働者の無責任さではおられなくなったぞ、 迂闊なことも言えないし、 懶惰な生き方もできないのだと思って、 心に重圧感が生じる。
柳子のように感覚的な、 漠然とした風景の受け止め方ではなく、 実質的に、 スイス人耕地よりこちらのほうが地味も地形もいいし、 もうしばらく手入れされていないからだろうコーヒーの樹が老木に視えるけれども、 よく観ると表面的な情景だけではなく、 すべてにいい環境に来たと言える実感があった。
龍一がそれを感じた通り、 アラサツーバの町が急速に発展を遂げたのも、 この辺りの農地が肥沃で、 大きな植民地がつぎつぎに建設されたからだった。ちょうどそのころ、 ノロエステ線の中心地が、 リンスから徐々にアラサツーバに移りつつあるころだったのだ。
農地購入の支払い条件が、 農作物の収穫が終わってからでよいというのに援けられて、 日本政府の援助によって造成され、 施設も充実しているリンス近辺や、 アラサツーバの植民地に、 それまでガイジンの大農場で契約労働者として働いて義務農年を了えた日本人たちは、 自作農になれることに喜び勇んで、 ぞくぞくと移転してきていた。
一九三八年当時、 ノロエステ地方の日本人の総人口が、 四万五千六百三十七人で、 土地所有者三千九百六十九人、 総面積が六万一千九百九アルケーレスに増加しているのをみても、 その実態がわかる。
龍一にしても、 この土地を購入できた原因はともかくも、 スイス人耕地で過ごした一年は予定外に不本意なものだったのだから、 持参金が底を突く不安をおして独立農になる努力をしたことを、 ほんとうによかったと思っている。
「あれは予行演習だと思えばいいんだ」
労働して賃金をもらうのではなく、 親子三人でやりこなせなかった分を、 肩代わりしてもらった臨時雇いの労務者に支払ってきたという愚行を、 糊塗するようなことを言ったけれど、 実際泣くにも泣けない、 われながら嗤いたくなる間抜けさ加減だった、 と惟う。
しかし、 誰が聴いても、 憐れむよりも蔑んだであろうあの一年の間抜けな行動も、 はじめて労働した辛さに耐えてきたからこそ、 現在の幸福感に浸れるのだ、 と龍一は、 負け惜しみではなく、 体力の衰え しみじみと実感した。
チヨはともかくも、 柳子をこんなところに連れてきてしまったという後悔に苛まれていたのはたしかだったから、 ケープタウンで養蚕技師の派遣取り消しの電報がきたとき、 やせ我慢を張らずに、 乗ってきた船で帰ればよかったと、 なんど思ったことか。
永住するつもりもないブラジルに土地を買ってもしようがないのではないか、 となんども逡巡した。しかし、 中折れ いまはもう諦めではなく、 よかったと思える。
ここでブラジルに来たことの、 何かを、 形にできる予感があった。いや、 できるのではなく、 何かをしなければならないのだ、 と思う気持ちが身内を膨らませていた。
もしもあのとき、 おめおめ日本に引き返していたら、 ペニス短小 親戚中のものから「いったいおまえはブラジルになにしに行ったのか」と嗤われるばかりではなく、 遊び仲間からも相手にされなくなっていただろう。
あいつらに「ブラジルは、 ああだった、 こうだった」とほんとうと嘘をまじえてでも威張って言えるほどの体験くらいは、 してから帰らなければと思ってきたのだから。
二年のつもりが三年になっても、 いいではないか。曲がりなりにも自分の土地を手に入れたのだから、 ここで何かをしなければ男が立たない、 と考える。
「よかったじゃないのぉ、 ここにきて」
なんでも前向きに考える陽性の柳子が言ってくれたから、 よけい、 何かをしなければならない、 と龍一は心のなかに臍を固めた。
とにもかくにも、 土地を獲得したのだ。五アルケーレスの面積は、 ブラジルでは最小限の農地だったが、 日本ではなかなかどうして、 水呑み百姓や小作人がおいそれと手に入れられない広さなのだ。
ブラジルで自作農になったというだけで、 すでに自慢できる人たちも大ぜいいるだろう。錦衣帰郷の夢を実現するために、 日傭労働の低賃金を爪に火をともして貯めるよりも、 独立農になったほうが、 その確率は高いのにきまっている。だから大ぜいの人たちが、 躰を資本に、 収穫後に返済するという年賦払いで自作農になるのだという明るい希望に燃えて、 ぞくぞくとこの辺りに移住してくるのだ。
それを山田から聴いて、 龍一もここを買う気になったのだ。
それにしても、 よく思い切ったものだと、 いまさらながら思うのは、 農家の子に産まれながら、 土地のありがたみを知らなかった龍一だったからだろう。
金は人生を豊かにするけれど、 金を産む土地は、 土地を持たない貧農には苦役を強いるものとしか考えなかった過去が、 まるで嘘のようだった。
土地があるから金を生むのだということが実感として把握できなかった愚かさを思うと、 なんとも恥ずかしいかぎりだった。
「コーヒーが、 できましたに」

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