2011年11月28日星期一

虚弱体質 ここの眺めも

「お父ちゃ、 ちょっとあそこの高いところに行って見ないぃ」
と誘う。
昨日は簡単な夕食もしないで寝てしまったのだから、 朝寝坊の柳子も陽が昇るか昇らないかというころに起き出して、 気分が晴れ晴れしていたのだ。
龍一と柳子が、 コーヒーを喫むまえに朝露を踏んで登ってきた高台は、 朝陽を受けて金色の粉が舞っているように見えた。
隣は牧場だった。その奥にある雑木林がこちらの土地まで伸びてきている辺りが、 一段高くなっていて、 そこからだと自分らの土地はもちろん、 隣の牧場も、 牧場の向こうの風景もずっと眺望できて、 柳子の言う「全体的把握」がたしかにできる。
海抜七百メートルあまりの海岸山脈の上にある高原都市サン・パウロから、 西に向かってくると、 どんどん標高は低くなっているのだけれど、 周旋屋の山田の話によると、 この辺りはまだ標高四百五十メートルくらいあるということだったから、 南回帰線という誰が線引きをしたのか知らないけれど、 地図で視る線の内と外の違いが生物学的な相違とは思えないから、 気候の相違なのだろう。
自分自身が回帰線の真下に住むようになってわかったことだけれど、 それもあいまいなものだった。そのあいまいさのなかの、 亜熱帯に含まれているといっても、 夜間や早朝はひんやりした空気を肌に感じる。
それは、 ヘンリー・ミラーの小説のあいまいさと、 虚無感に通ずるような気がする。
「ねぇ、 ほれ、 お父ちゃ、 眩しいくらい光ってるものがあるけど、 あれなにかしら」
「ああ、 あれは柳子、 この土地を視にきたときに乗ったノロエステ延長線の鉄道線路が光ってるんだ」
「ふうん、 あの方角だったの、 昨日線路に沿った道を馬で来たのに、 勃起不全 ぜんぜん方角がわかんなくなってた」
「おまえはもともと方向音痴だから、 あんまり独りで出歩くんじゃないぞ、 帰って来れなくなるから」
龍一は、 この機会をつかんで柳子のひとり歩きを牽制する。自分自身が、 じっと家のなかにおれない性格であることは棚に挙げて、 じっとして何時間もひとところに座っておれない性質の娘のことを、 危ぶんでいる。
「だいじょうぶよ」
「おまえはなんでも、 勃起障害 だいじょうぶよ、 って言うけど、 油断は禁物だぞ、 ここは外国なんだから」
「外国でも東西南北は同じでしょ」
「そうとも言えん、 日本とは逆さまに立っているんだ、 なにもかも逆さまに見えているんだぞ」
「まさか」
陽光のせいだろう、 水平に近い陽射しが縞模様をつくって流れていた。空気の流れるのまで視えている、 と惟った。空気が無色透明だというのは、 やはり嘘だ、 無色透明なら視えるはずないもの、 とまた女学校のときのこだわりを持ち出して、 強情なやつだ、 と言った教師に勝った気分になる。
「そのまさかが起こるんだ、 ガイジンはな、 日本人とは物の考え方が逆さまなことが往々にして在るんだから」
お父ちゃもこだわってる、 と惟っておかしかった。
「お父ちゃ若いとき、 ガイジンとも恋愛したことあるんだってね」
藪から棒が出て、 龍一は、 眼を剥く。
「ばか、 関係ないだろ」
照れ隠しに、 ばかっ、 と言ったけれど、 ばかなことをした過去が、 それほど嫌悪感なく立ち上がってきて、 苦笑したつもりが、 にやけた笑いになってしまう。
ガイジンなんて、 と思いながら、 勃起力減退 日本人女性にはないバタ臭い魅力に溺れていったことを、 後悔はしていなかった。
「へへえ、 お父ちゃ、 照れちゃって」
「親をからかうな」
龍一の視線は、 茫洋として、 地球の反対側まで伸びているようだった。
「線路の向こうのほうは、 水蒸気があがってて、 霞んで視えないわねぇ」
「ああ、 あれはチエテ河という大きな河が流れている辺りだろう、 柳子の言うとおり、 あれは河から水蒸気が昇ってるんだよ」
「広いわねえ、 虚弱体質 ここの眺めも」
「ああ、 ブラジルはどこへ行っても、 眺めは広いさ」
ふたりの声が、 口から出るとまとまりがなくなり、 ぼやけてしまう風景の広がりだった。
すでに鶏は時を告げるのを終わって、 せっせと餌を漁っているだろう時間に、 鶏にも朝寝坊がいるらしく、 どこかで間延びした、 まだ啼きなれていない声で啼く鶏がいた。
それにつづいて、 どこで聴いても、 悲痛な声だといつも思う驢馬の鳴き声が、 風に乗ってくる。
鶏の啼き声は、 生きているぞ、 という健気な声だけれど、 驢馬の鳴き声は、 生きていることの辛さを訴えるようで、 いつ聴いても身につまされる。
鶏の声はわたしの声で、 驢馬の声は鷹彦さんの声だ、 と唐突に想う。
すでに点々と畑に出ている人のかげがあった。たいていの姿が腰をまげ、 土に向かってなにかを話しかけているように視える。そうでなければ土は、 人に物を与えてくれないのだと思えるほどの実感が、 遠くからでも伝わってくる。

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