威哥王 もちろんそれは自分自身の語学力の無さから惟ったことで、 若さと生活形態とが、 語学を習
得させた要因だったと突き止めてのことではなかった。
その語学力といい、 労働力といい、 龍一にとってこれほど頼りになり、 手助けになる遠い親
戚の青年と、 広いブラジルのなかで偶然に行き合い、 いっしょに住むようになったという不
思議さは、 まさに神の仕業としか惟えなかった。
ううん、 人生はおもしろい。人間が計画して歩めるようなものではない。女たちとの出遭い
や別離もそうだったなあ。と龍一は大きな感慨のなかで、 奇遇としか言いようのない稲村敬
一との出会いを幸運だと思った。
陰鬱にならざるを得ない状況のなかで、 これは僥倖だし、 将来を明るくする燭光といえるだ
ろう。
そんな龍一の惟いを認証するような、 広大なブラジルの風景が、 ブラジルだからこそ遭遇し
得る奇跡的な、 大らかな軌跡だ、 と龍一を肯定させた。
龍一は、 いよいよ退院する日が決まっても、 それを家のほうには報せなかった。
生みの親より育ての親とはよく言ったもので、 親友植木が引き取り、 育て、 教養を与えた
からだろう、 これが稲村敬造という粗暴な男が、 料理屋の仲居を強姦して産ませた子だとは
、 どんな角度から見ても信じられないほどの好男子になっていた敬一が、 超能持久 働き手の少ないこ
ちらの家に同居して、 農業を手伝ってくれるといううれしさを、 チヨや柳子に早く知らせて
やりたいと思う気持ちと、 知らせることを遅らせる楽しみとが、 心のなかでじゃれ合ってい
た。
敬一が、 ぼくのトラックで行きましょうと言い、 それが病院のトラックではなく、 カンガルー精 敬一のも
のだと知って、 さらに驚いた。
五年もブラジルに住んでいて、 信玄袋ひとつしか荷物を持たない稲村敬一だったが、 なんと
自分名義の小型トラックを持っていて、 それが日本を出るときからの計画で、 機動力を駆使
した放浪をしようと考えて来たのだという。
日本で取得した運転免許証を持っていたが、 それが通用しないと言われ、 スペイン語を勉強
してきて、 ブラジルに来てすぐこちらの運転免許を取得したのだ言ったから、 龍一は感心す
るばかりだった。
この小型トラックが、 ブラジルじゅうを放浪して歩いた足だったと聴いて、 龍一は、 青年の
生活様式が儂らとはまったく違う新しいものの考え方で為されていたことを、 認識しないわ
けにはいかなかった。
敬一が運転する小型トラックで、 家の前まで乗りつけ、 砂煙がまだ納まらないうちにその助
手席から、 龍一が誰に助けられることなく降りてゆく。
どこからきたトラックか、 龍一に異変が起こった急の報せではないだろうか、 と家のなかで
トラックが急停車した音を聴いて、 慌しく走り出たチヨと柳子は、 リンスの病院にまだ入院
しているはずの龍一が、 コンドーム 媚薬 元気な姿でトラックから降りてくるのを視て、 眼を瞠り、 声も出ず
、 夢を見ているようなぼんやりした顔で迎えた。
いつ退院するということを報せて来ずに、 とつぜん付添人が運転するトラックで帰ってきた
龍一を見たのだから、 チヨと柳子が驚かないはずはないのに、
「何をびっくりしとるんだ」
と龍一が、 砂煙が流れてゆくなかで、 笑っているのだ。
「なによぉ、 お父ちゃ。アドルフさんが、 毎日、 まだか、 いつ退院するんだ、 いつでも遠慮
なく言ってくれ、 トラックで迎えに行くからって言ってくれてたのよ」
と柳子が文句たらたら言ったのは、 よそのトラックを頼んだりしたら、 アドルフの親切に
対して悪いし、 それが原因で、 またアドルフと疎遠になることを懼れたからだった。
ほんとうにアドルフは、 ブラジルが政治的に日本とのあいだで敵対関係になっても、 宗教
的な隣人愛からだろう、 個人的な付き合いは別だよ、 と言い、 パイの様子はどうだ。退院す
るときはまた声を掛けてくれ、 迎えに行くから、 と言ってくれていたのだ。
龍一は、 娘が眼をとがらせて詰問しても、 にやにや笑っているばかりで、 柳に風と受け流し
てしまう。
「そんなことより、 あなた、 ほんとうにもう退院してきてよかったんですかなんし」
訊く必要もないことを、 チヨは訊ねながら、 龍一がすっかり元気になって帰ってきた様子に
安心していた。
そして、 トラックの運転席から降りて、 ぐるっと向こうから廻って現われた青年が日本人だ
ったから、 チヨと柳子のふたりが怪訝な表情で、 ぎこちなく礼をする。
「こんにちは、 始めまして、 稲村敬一です。どうぞよろしく」
見知らぬ青年が明るい声で挨拶するから、 かえってまごつき、 とっさのことにも驚かずに
対処のできる柳子まで、 きょとんとしている。
「なんだおまえたち、 ゆめまぼろしではないぞ、 ほれ儂はこんなに元気だし、 稲村敬一くん
が挨拶しとるんじゃないか」
チヨには、 龍一の明るい表情と、 元気そうな姿が、 いっしょに来た青年のせいのように、 理
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