2011年12月11日星期日

ありんこパワー 敬一の気を大いに惹

たちといっしょに働いて、 移民の生活を実体験してから、 自分の土地を買って、 自分で養蚕
をはじめたんだ」
龍一は、 ブラジルで養蚕をしたことを誇りたかった。
「へえ、 考えられませんねえ、 お金持ちの総領息子だって聴いていましたから」
「なあに金持ちだってきみ、 将来のためには実際の生活を体験しておかなければ、 人を使え
ないからな」
かつてはこんな偉そうなことを言えそうになかったのだが、 龍一は、 一人前なことを言える
ようになったみずからを振り返って満足していた。
「どうだ、 きみ、 ここの雑役夫を辞めて、 儂のところに来ないか。いまはまだ日本に帰ろう
と思っても帰れないから、 帰れるようになるまで、 いっしょに暮らせばいいじゃないか。根
っからの他人じゃないし」
遠い姻戚だといっても、 親戚のものが、 こんな生活をしているのを見過ごしてゆけるもので
はないと思う同情と、 この青年なら安心して同居させ、 農作業を手伝ってもらえるという計
算もすばやくしていた。
そう言ったあとですぐ、 あっ、 そうだ、 柳子の婿にちょうどいいと考えついた。
そういうところにまだまだ総領の甚六の甘さがあるんだ、 durex という植木の声が、 脳裏の片隅で
聴こえたように惟ったが、 どんなに良縁を持って帰って奨めても、 結婚などしないと言い張 ミノキシジル5%溶液
る娘だから、 遠縁の青年だからということが同居させる言い訳になるし、 いっしょに住まわ
せているうちに、 なんとなくその気になって、 妊娠してしまえば否応なく夫婦になるだろう
、 という済し崩し戦法を思いついたのだ。
「ぜひそうし給え、 もうすぐ戦争も日本が勝って終わるだろうし、 そうすればきみ、 ぐるっ
と世界一周しながら日本に帰って、 安曇の養蚕農家でゆっくり余生を楽しむつもりでいるん
だが、 ブラジルを体験してきたものが傍にいると、 互いにいろいろ話題が豊富になっていい
だろうと惟うよ。儂といっしょに暮らしてくれんか」
龍一は、 話しているうちに将来の姿がくっきりとしてきて、 話に熱がこもってきた。
この青年と、 こんなところで遭遇するということが、 そもそも運命的だと惟った。深い事情
など詮索しなくてもいいだろう、 敬造の息子がどうして植木のところで養育されているのだ
、 などと植木に向かって訊ねたことなどなかったのだし、 この青年の出生の秘密も知ってい
ることだし、 何はともあれ、 どこの馬の骨かわからないという青年ではないのが心強いでは
ないか、 と考えたのだ。
どうでもいいことだったが、 植木が経緯を話したことを、 徐々に憶い出してきた。
あのとき植木が稲村の子を預かったのは、 稲村のほうから頼まれたのではなく、 子を産んだ
女の側から頼まれた事情だった。
将来小学校から中学校へ通わせ、 医院の書生にして、 医科大学にでも遣らせるつもりなんだ
ろうと、 なんとなく惟っていたのだが、 その少年が、 青年になって、 どういう事情から単独
でブラジルに来て放浪しているのか、 などと野暮な質問もしないつもりだった。
人間誰でも、 そうしようと思っていてもできないことのほうが多々在るし、 大きな運命によ
って流されてしまうことのほうが多いのだから、 どうして、 というような質問ほど人を困ら
せるものはないのだ、 と龍一はわかっていたから。
稲村敬一も、 単独で外国を経験してみようと考えて、 ブラジルに移民してくるほどの青年だ
ったから、 決断は早かった。
「じゃあ、 お世話になります」
「いや、 世話などせんよ、 儂の畑を手伝ってもらえれば助かるんだ。養蚕が敵性産業だとい
うことで、 儂は自分の手で火を付けて焼き払ってしまったあと、 いまは隠忍自重しているが 海馬補腎丸
、 戦争が終われば、 また大々的に養蚕をはじめてもいいし、 そうだ、 これからはうんと大き
な視野で、 日本とブラジルの養蚕事業を同時に経営してもいいじゃないか」
龍一は、 思いつきで将来にかけた夢を口にして、 ありんこパワー 敬一の気を大いに惹くことも忘れなかった

病院の事務所に龍一と敬一が行って、 龍一の退院とともに、 敬一がここを辞めて、 龍一のと
ころに移るということになった経緯を、 敬一の流暢なポルトガル語で話すと、 入院患者と雑
役夫が親戚関係だったという奇遇を聴いた事務長が、
「パレンチ、 オウ、 ミラグレ。パラベンス(おう、 それはおめでとう、 奇跡的だねえ)」
と大袈裟に驚いて、 敬一の退職を快く処理してくれた。
ブラジル人の大らかさを見て、 龍一は、 手術をした医師や看護婦たちとともに、 決して敵国
人などと惟ってはならない、 敵国なのは国と国との間のことなのだからと、 みずからを戒め
ながら、 退院した。
内藤龍一は、 稲村敬一が流暢なポルトガル語を話すのを傍で聴いていて感心した。わずか五
年だということだったが、 こちらで生まれた二世と比べても遜色ないほどだと、 龍一の耳に
は聴こえたのだ。

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