2011年12月12日星期一

Motivator わたしは人生の

生きたければ娼婦にでもなるし、 それが嫌なら死ぬまでだ、 と惟った柳子だったが、 それでもまだ行った先での生活の不安が拭いきれなくて、 あやふやな決意だったのを、 はっきり決断させてくれたのが、 ミモザの死だったのだ、 と柳子の感慨は大きかった。
ありがとう、 ミモザ。あなたは運気を視たのね。蛟龍が天に昇って龍になる気運を教えてくれたのだわ。
父が養蚕を始めたときに言ったことばを、 柳子は思い出していた。
柳子はいまでも、 少女のときから時として描いてきた、 すべてを肯定的に、 積極的に捉える夢を、 夢のままにせず、 現実のものにする時期を、 しっかり掴み得たと惟う。
わたしの人生にとっても、 戦争は長い空白の時間だった。この空白をみずからのペンで埋めて行かなければならない、 という使命感のようなものが、 沸沸と胸のなかに湧き上がってくるのを覚える。
「詩を作るより田を作れ」と言う人も居る。
「コーヒーを作るより、 人を作れ」と言う人も居る。
人それぞれの生き方が在るのだ。どちらが優れていて、 どちらが劣る、 というようなことではないだろう。それぞれが、 それぞれに適した生き方をすればいいのだ。
わたしにもっとも適しているのは、 文章で立つことなのだ。わたしは、 農婦として生きるのは不向きなのだし、 まして父がいうような、 子を生産する道具でもないのだから。
心残りなことはあった、 母を悲しませることが第一。これは後ろ髪を引かれるということば通りだった。
そういうこと一切を、 冷酷に引き千切ってゆくのが新しい女の生き方なのだろう、 と惟う。
ブラジルの片隅で土に埋もれてしまっていいはずはない。結果など考えるのは優柔不断のもっともたるものだ。生きるということは、 もともと無慙なものなのだから。
こういう生き方の指針を、 良三叔父や川田鷹彦や一誠から論理的にだけではなく、 敬一から肉体的に具体的に教わった進歩的な生き方なのだ、 Motivator わたしは人生の先輩たちに恵まれてきたのだ、 と柳子は誇らしく晴れがましい思いで、 懐かしく想い出す。
しかし柳子の進歩的というのは、 左傾した思想によるものではなく、 文化的に進歩しているという、 どちらかと言えば資本主義社会的範疇に組み入れられたものなのだから、 彼女の頭のなかでは、 バイアグラ+レビトラ 天皇崇拝という宗教的なものや、 八紘一宇という侵略主義的な考え方と矛盾しなかったのだ。
いやむしろ、 わたしは日本人だったのだ、 という民族的な目覚めが、 ブラジルに来てから強烈に作用したために、 シアリス Cialis 頑なな民族主義の悪影響を受けて、 軍国主義的にならなければならない要素を含んでいたのだ。

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