青年男子が十七名、 女子が十五名、 幼年組が五十一名も居て、 彼ら成長盛りの胃袋を満たすには、 よほどの食
料を確保しなければ追いつかない。
毎日どこかの露天市や、 キリスト教的慈愛を示すガイジンの家を、 個別に托鉢して歩いても、 それだけでは十
分ではなかった。
カサケーラに先に入っていたサンパウロ組に、 バストス組とロンドリーナ組が加わった年の暮れには、 早くも
米櫃の底が見えた。
食料の調達と管理の責任者になっていた亘理清一が、 吉賀谷に、 食料の欠乏してきたことを報告すると、
うん、 善処しよう。米は申し訳程度に入れて、 キャベツとジャガイモをどっさり入れた雑炊を作るように、 青
山の婆さんに言ってくれ給え
と指図は具体的だったが、 善処のほうは抽象的で、 どうするという指示はなかった。
吉賀谷は、 翌日の朝礼の時間に、 やさしく噛んで含めるように、 訓示する。
ええ、 こういう団体生活では、 みなさんがどれほど頑張って托鉢して歩いても、 食料不足になるのは当然のこ
とですからね。米が底をついてきたからといって、 慌てなくてもよろしい。空腹に耐えるのも、 精神修養のひと
つなんです。子どもたちにも、 我慢することを覚えさせなければいけません。日本人は、 むかしから清貧を尊し
としてきました。たらふく食べられるような環境では、 けっして精神的向上も、 知的発育も望めません。いいで
すか、 みなさん、 窮乏生活に耐えて行ける強靭な精神を鍛えるために、 三日に一度、 断食日をつくります。その
ときには座禅して、 性欲欠乏 じっと目を瞑り、 声を出さずに念仏を唱えてください。空腹を感じることから開放されたと
きに、 はっきりと視えてくるのが、 仏の道です。その道さえ見つかれば、 あとは楽になります。断食に慣れると
、 また断食をして、 躰のなかのものを浄化するのと同時に、 心のなかの悪い考えも洗い流して、 避妊薬 自分自身の精神
的浄化をしたくなるのだから、 ふしぎなものですねえ。訓練によって、 それができるようになります。青年諸君
や幼い子たちには、 非常に辛い訓練だろうことは私も十分知っています。知っていて、 それをみなさんに勧める
のは、 苦しさを抜け出たときの幸福感もまた知っているからです。お父さんたちが、 祖国のため、 天皇陛下の御
為にご奉公しようと、 ここに集まってきて、 訓練している尊い気持ちをわかってあげて、 腹が減っても我慢して コンドーム
、 協力してあげなければなりません。それが日本人の証拠です。わがままなガイジンにはできないことです。日
本人の値打ちは、 こんなときにこそ発揮されるのですよ。お父さんたちも、 私が言うことを良く理解して、 自分
たちの子に、 忍耐精神の尊さを日々の生活のなかで教えて行かなければいけません。ブラジルに移民してきたば コンドーム
かりのときには、 皆そうしてきたのです。ニューギニアに再移住しても、 開拓する初期には十分な食料は得られ
ませんから、 ここで節食訓練をしていけば、 なんでもないことになります。よろしいですね、 みなさん、 互いに
助け合って、 ニューギニアへ向かって力強い前進をつづけてゆきましょう
吉賀谷が、 こんな幼稚な訓辞をだらだら垂れても、 そうだ、 先生のおっしゃる通り頑張らなくては天皇陛下の
赤子として恥かしい、 と納得して、 さらに忠誠心を熱くし、 みずからに奮起を強いる純朴な隊員たちだった。
純朴と愚昧さは同義語だ、 と思っている吉賀谷自身が信じがたいほど、 天皇崇拝の精神は、 明治政府が意図的
に教育したことによって、 完全な形で摺り込まれていたのだ。
宗教的な教育ほど恐ろしいものはない、 とそれを利用して悪事を働いてきたものたち自身も、 認識していた。
簡潔に言えば、 民衆を盲目的に服従させるには、 善意に満ちた宗教的倫理観を、 唯一のものだ、 と教え込むこ
となのだ。いったん摺り込むことに成功すると、 あとは容易で、 絶対的支配者である神の怒りに触れると、 死後
の安楽を得られないという、 感覚的な罪悪感を背負わせることで成就できる。
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