2011年12月21日星期三

塩酸ミノサイクリン 一年の月日の過ぎる

中華蔵宝 アキオの気持ちを汲んでだろう、 マルタは表情だけで笑った。
女の心は猫の眼のように変わるものだから、 と思いながらアキオは席を立つ。
もう葡萄の房がたわわになっていたのだけれど、 マルタがそれに鋏を入れず、 三便宝カプセル放置してあった。
その葡萄棚の下を通って甘い香りを嗅ぐだけだったが、 鳥や蜂がその汁液を吸いにくる羽音を聴き、 観ているほうが楽しくて、 絵にしようという興味は湧いてこなかった。
そういえばもうここに来てから、 ぼつぼつ一年になろうかという季節になっているのだ、 とアキオは振りかえる。
そして、 なんということだろう、 塩酸ミノサイクリン 一年の月日の過ぎるのが早いと思う年齢になっているのか、 と愕然とする。
まだそんなに 塩酸ドキシサイクリン 年齢を気にする歳でもないはずなのに、 マルタと生活するようになってから、 あまりにも過去のことどもを憶い出させる話を多く聴きすぎ、 言い過ぎたからだろうか、 過去と現在のあいだを何度も往復したからだろうか、 現在までの時空間を縮めてしまったのは。
そして男と女がひとつ屋根の下に暮しているうちに、 行き着くところまで行き着いてしまったことで、 ぼつぼつ離別のときがきていることに思い至ったのは。
あ、 とアキオは小さく声を放ってしまう。そうかあ、 そうだったのか。今朝からマルタが鬱屈した様子を見せていたのは、 これだったのだ。彼女もまた、 その思いの重さに沈んでいたのだ、 と。
あれほど男女がひとつ屋根の下で共棲していても、 プラトニックに暮せるものなのを実証しよう、 と考えたわけではなかったが、 なんとなく一線を越えない不文律のなかで、 互いに矜持を保つ緊張感が、 ひとつの感懐になり得ていたのだ。
いつ踏み越えてもおかしくないほど熱烈なキスをしながら、 爽やかに抱き合っていた躰を放していたのを、 あの夜あれほどあっさり踏み越えてしまったことに、 忸怩たるものを覚えているのかもしれなかった。
アキオが、 こんどのような体験ははじめてだったと思っていたように、 マルタにもはじめての経験だったのだ。金銭に纏わることのない、 透明感のある情愛。
いまの荒んだ世の中に、 前世紀的な純粋な愛がまだ残っていて、 それにみずからが溺れ込んで行こうとしているのを感じて、 怖い、 と思っていたのだ。
そんなハレの情感が、 ウツの状態にさせていた。
これからアキオとの生活が、 いつまでつづけられるのかわからなかったから、 それが不安になった。
不幸な結果が生じるのを厭う気持ちが働くのは、 あまりにも残酷な過去を体験したからだったが、 それを推うみずからの年齢を考えてしまうし、 二度咲きに咲いた華やぎを成し遂げたいと推う気持ちとが錯綜して、 大きな心の振幅に慄くのだった。
その慄きを回避する手立てがわからなかった。

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