よ。お父ちゃ、 この人をずっとお世話するなどと言ったのぉ」
「ははは、 お世話するんじゃあねえぞ。お世話してもらうんだ」
「どういうことなのよ、 説明してよ」
「だから、 説明しようと惟っていたのに、 柳子が早々と突っかかってきたんじゃねえか。敬
一くん、 柳子はこういう娘だから、 男のように気性が荒くて、 つっけんどんに物を言って、
なかなか手強いが悪気はないから」
「わたしの人物評価はいいのよ、 お父ちゃ、 なんだかずっとこの家に住み着きそうな気配の
この人が、 いったい何者なのか説明を聴かせてもらいたいわ」
「柳ちゃ、 はじめて見えられたお方になんですに、 そんな失礼な言い方をして」
手早く茶の用意を整えてきたチヨが、 敬一に茶を奨めながら、 柳子を窘める。
「それがね、 お母ちゃ、 この人、 なんだかはじめて会った人のようじゃないのよねぇ。気性
がわたしとそっくりで、 鏡に映してわが身を見ているようで気味悪くってぇ」
「ひとつも気味悪そうじゃないな。男振りも悪くないし」
龍一は笑っている。
「いいんですよ、 ぼくはこういうあっさりした言い方をする人が好きなんです。ぼくも長野
県人ですから、 理屈を捏ねるのは好きなほうですし」
理屈を捏ねるのは理知的だからである、 と柳子が常々誇りにしていた琴線に触れられて、 気
分がよくなる。
「稲村さんは、 伊那のお方ですか」
チヨがそう訊ねたから、 龍一と柳子は笑ってしまう。
「お母ちゃ、 どうしてそんなことがわかるのよ」
「イナムラだからイナかという単純さだ」
龍一が、 チヨをばかにした言い方をする。
「しかし、 地名と姓名が同じということはよくあることですから」
敬一が、 チヨを庇う。
「そうじゃありませんよ。伊那のほうに稲村という親戚があるもんで」
「ほんとなの、 お母ちゃ」
「そんな親戚があったかなあ」
チヨをばかにして言った龍一は、 ほんとうにそんな親戚があるのなら、 こちらがばかにさ
れるだろうと思って、 訊き返す。
「ありますに、 内藤の曾お祖父さんの弟さんの嫁さんのご実家が、 稲村という姓ですに」
「お母ちゃ、 よく覚えてるのね」
柳子が感心し、 龍一があやふやな顔をする。
敬一も笑いながら、
「いえ、 ぼくは佐久の生まれです。稲村敬造の息子です」
と言う。
そして、 龍一と敬一が、 交互に敬一の過去と現在を、 チヨと柳子に話して聴かせる。
「まあ、 そうでしたの、 あの稲村敬造さんの」
チヨも、 蛮勇を轟かせた人物の記憶はあったから、 かえって気安さを覚える。
遠い親戚だというけれど、 それほど遠くない先祖で血が繋がっていたのだから、 血縁だと思
う気持ちが、 互いを和ませるのに時間はかからなかった。
夕食後も話はつづいて、 いつ各自の寝室に引き込むかわからない、 和やかな雰囲気に包まれ
ていた。
「敬一さん、 信州のものなら誰でも知っていることがあるんだけど」
「偽証かどうかを試すんですか、 いいですよ、 どんなことでも質問してください」
敬一も、 自分にもそれがある、 柳子の人見知りしない性格を好んで、 何の抵抗もなく家族の
なかに溶け込んでいた。
「じゃあ、 d6 催情剤 『信濃の國』を歌ってみてよ」
「なんだあ、 そんなことお易いことですよ」
敬一は、 ほっとした顔になって、 歌いはじめる。
「信濃の國は十州に、 境連ぬる國にして、 聳ゆる山はいや高く、 流るる川はいや遠し」
ほんとうに、 お易いことだと言った通り、
常々口ずさんできていることを立証して見せる歌いぶりだった。
音痴でないところが、 柳子と少しだけ血の構成が違っていた。
そればかりではなく、 敬一の声がよく澄んでいて、 信州の山々に谺する様子を彷彿とさせた
。
おそらく日本アルプスの山々に向かって、 挑戦するように歌ってきたせいだろう、 と惟わせ
る声量があって、 柳子の耳を傾けさせた。
稲村敬一は、 柳子から催促されなくても、 ブラジルを放浪しながら、 いつも口ずさんできた
のに違いない、 と龍一とチヨに思わせた。
すこし顔を仰向かせ、 遥か彼方を眺める焦点がぼやけた眼になって、 歌いつづけるのだ。
「松本伊那佐久善光寺、 kkk強力催情剤 四つの平らは肥沃の地、 海こそなけれ物さわに萬ず足らわぬ事ぞな
き」
柳子もいつの間にか唱和しはじめる。柳子は歌うのは得意ではなかったから、 大きな声を出
せなかったが、 歌詞は間違わず覚えていた。
「旭将軍義仲も仁科の五郎信盛も」
いかにも歌詞が勇壮になるところで、 龍一が和した。
そして、 最終章になって、 チヨが加わってきた。チヨの声は澄んでよく透るから、 男声合唱
に女性が参加して、 女声のほうが圧倒的に主役を占めてしまう。
「吾妻はやとし日本武、 嘆き給いし碓氷山」
歌いおわると、 龍一と敬一と柳子が、 チヨに向かって拍手していた。
チヨが照れて、 顔を両手で覆いながら、 炊事場に行った。
「いやあ、 愉快だった。儂ら信州人の誇りだよ、 県民が挙ってこの歌を歌えるなどというこ
とは、 ほかの県ではないことだからなあ」
龍一は、 声を合わせて歌を歌うことの効用を、 しみじみと味わった。歌をいっしょに歌うこ
とによって和が産まれることを実感したのははじめてのことだった。
日本では、 四畳半でしっとり唄うことしか知らなかった龍一だったから。
ああ、 と思わず龍一は声を出すところを、 喉で止めて、 ほっ、 とする。
敬一の出生の秘密を、 植木から聴いていたのを、 いままた想い出したからだった。
敬造が、 料亭の仲居を暴力で犯して、 妊娠させ、 警察沙汰になったときに立ち会ったのが龍
一の親友、 植木医院の院長だった。
稲村敬造にその子を認知させ、 養育費を支払うということで示談になったのだが、 引き取る
ことを拒んだので、 子持ちの仲居に同情した植木が、 乳母をつけて育ててやることになった
のだった。もちろん無償ではなく、 妾になるという条件で、 料亭の仲居を辞めさせて。
ほとんど交際のなかった遠い姻戚だといっても、 血の繋がりはあったのだから、 龍一もその
ことには関心があって、 敬一の成長をそれとなく見てきたのだ。
因縁だなあ、 オフロキサシン と龍一はつくづく惟う。あの子がこんな青年になって、 自分の前にひょっこり
現われるなどと、 誰が予想し得ただろうか。しかも地球の裏側のブラジルで遭遇するなどと
いうことを。
まるで小説のように作られた話だ、 と惟える奇遇が現実にあるものなのだなあ、 と感慨が龍
一を捉えて止まなかった。
「それで、 敬一くんに来てもらったのは、 これからずっと儂らの畑仕事を手伝ってくれると
いうことで、 それをお願いしたわけだ」
龍一は、 カベルタ なんだか奥歯に物が挟まったような言い方をした。
「まあ、 それはよかったなんし」
チヨは、 単純に、 大いに賛成の意を表したが、
「ということは、 家族の一員にするってことになるんじゃないかしらぁ」
と柳子は、 明らかに難色を示すようなことを言ったから、 チヨと龍一が場の白けるのを感じ
没有评论:
发表评论