「うん、 ぜったいよ、 秋子さん、 わたしたちの友情の絆は、 地球の裏と表に離れても海底電線で繋がれているんだもの」
柳子は思い切り強調する言い方で、 みずからの感情を表現する。
「なるほど海底電線だすか。柳ちゃんの友情は、 白髪三千丈より長うおますねんな」
茂がおどけて、 茶化して言う。
「それじゃあ、 ここらでお開きということに」
龍一が言うと、 小森の家族が、 ざわざわと腰を上げる。
柳子と秋子が堅く抱き合い、 夏子を呼んで三人が抱き合う形になると、 そこに春雄が割り込んできた。
そして柳子と夏子のあいだに入った春雄が、 腕を組もうとして、 夏子の乳房に触ってしまったが、 いつもなら夏子が「いやらしいわあ、 この子、 助平ェ」と言って怒るのに、 今日は怒らずに春雄の腕に腕を絡める。
楽しかったお別れパーティーが、 きつく抱き合ったまま手放しで流す涙に湿ってくると、 コーヒー農場に降りてくる湿気を含んだ闇が、 いっそう深々と沈んでくるようだった。
そして、 日中の暑気が地に潜ってゆき、 代わった夜の冷気が地中から這い上がってきて、 一日を締めくくろうとする。
それでも、 日本の湿気た蒸し暑さは無くて、 膚に快い冷気だった。
コーヒー採取作業がおわり、 後始末も終わって、 一年契約労働の締めくくりの、 日本人が言う「総勘定」が済むと、 移動するものが多かったから、 ひとときはざわめきが立ち昇るようになる。
こういう農園で働いている日本移民のすべて、 内藤龍一は特別として、 ほとんどのものが出稼ぎ移民だったし、 北伯から流れてくる内国移民にも定着性がなかったから、 この農園の労務者の半数が臨時雇いで、 どこかへ移って行くということだった。
そんなざわめきのなかで、 ここだけは別天地でもあるかのように、 別の風景が展開されるようになる。
新移民が入植した日に、 春雄が、 VP-RX 2代目 学校の運動場みたいやと言った広い乾燥場に、 常雇いの農園労働者が、 採取するときにいったん麻袋に入れられていたコーヒーの実を、 ひろげ、 山に積んでいたのを崩して、 乾燥作業をはじめるのだ。
もう一年ここで働いているうちに、 進退を決することに定めたという小森一家だけが、 ほかの新移民が出ていってしまうのを、 じっと耐え忍んで、 ひっそりとしていたが、 コーヒーの乾燥作業の風景を視るのは、 はじめてだったから、 春雄だけは、 ビリリティピルズ 2代目 それを毎日見物に出ていた。
移動するガイジンのほとんどは、 寝具をくるくる巻いて、 男が肩にかけ、 穴の開いた麻袋に鍋と食器等を入れ、 女が頭に載せて、 子どもらは裸足のまま出てゆく姿が、 日に日に数を増してくると、 もう行く先の定まっている柳子でも、 VVK Wenickman 落ち着きをなくすようになる。
どこへ行っても賃金労働者なら大差はなかろうと思われるが、 流れ歩くのが習性になっているのだろうか、 誰かが引き抜きに来るのだろうか、 噂を聞いて当ても なく出てゆくのだろうか、 内国移民のガイジン労働者たちの移動も慌しかったが、 外国移民も契約期間が過ぎると移動しなくてはならないように出てゆくものが あり、 ペニス増大カプセル 入ってくるものがあって、 農場内がざわつく季節だった。
ドイツ移民のように、 政府の責任によって、 最初からコロニーを確保して移住してくるのではなく、 イタリア人や日本人移民は、 政府の棄民政策によって、 美辞 麗句の宣伝に乗せられ、 契約労働者としてきているものが多かったから、 少しでも労働条件の良いところを求め、 契約期間を終えると移動してゆくのが自然な流 れのようになっていた。
とくに日本人移民が、 より有利な条件を求めて眼を血走らせるのは、 正確に言って移民ではなく、 ほとんどが錦衣帰郷を夢見ながらやってくる出稼ぎ者だからだった。
しかし、 短期間のうちにより多くの金を蓄え、 故郷に錦を飾って帰らなければならないという目的意識があったのは、 彼らの浅はかな考えからだけではなく、 働 けど働けど楽にならざり、 と石川啄木が歌に詠んだように、 大資本家に操られている政治家と、 大資本家の用心棒的存在の軍部と、 大資本家の勘定方を務める官 僚とが癒着していて、 国家を思うままにしている経済の仕組みによって、 大企業が利潤を吸い上げ、 中小企業の倒産が続出しているという経済機構の歪みから食 み出たものが、 国外へ追い出されていたのだ。
そういう資本家と軍部の癒着、 政党政治の腐敗、 中小企業の倒産による失業者の増加、 生活苦に追い討ちをかける物価指数の急上昇など、 民衆の不満を利用した 皇道派青年将校のクーデターの失敗、 などの影響があり、 いっそうファシズムに傾斜してゆく日本に嫌気して、 夢を外国に求めるものも急上昇していたが、 外国 移民のように新天地を求めてそこに住み着こうというのではなく、 外国に生活基盤を据えようと考える日本人は、 ほとんどいなかった。
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